ひと夏のーー?

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ひと夏のーー?

 夕方になると、あれほどうるさかったセミがうんともすんとも言わなくなる。耳は涼しくなるのだが、気温はちっとも下がらない。壁や床がたっぷりとお日様となかよしをして、ほしくもないのに「おすそ分け」だと室内に放出する。 「あっちぃ」  城崎達夫は汗で湿ったTシャツの胸元を、引っ張ったり閉じたりして空気を入れた。安普請のボロアパートには、エアコンなんて上等なものは設置されていない。家賃は安く、けれど風呂とトイレはついているので不便はないが、真夏の夜は辛くなる。 「はー、暑ぃ暑ぃ」  ぼやきながら冷蔵庫を開けて、缶ビール……といきたいところだが、値段が高いので缶チューハイで我慢している。プルタブを開けてグビグビあおると、キュッと喉が心地よく締まった。 「っはぁ、たまんねぇ」  にやりと笑ったしぐさはまさしく中年のおっさんだった。しかし本人はまだ「おにいさん」でいけると思っている。芸能人の35歳を見てみろよ。まだまだ若いじゃないか。というか、昔の35といまの35はずいぶん違う。10年分は若いはずだと、達夫の持論は軽快だ。     
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