茶室――侯爵と藤春

2/6
前へ
/34ページ
次へ
 人間が男と女の他に三種類の性を持つことが、明治の頃に西洋で発見された。大本の西洋でアルファ、ベータ、オメガと呼ばれているが、日本では一般的に徴兵検査の等級になぞらえてそれぞれ甲種、乙種、丙種と呼ばれる。これらの「第二の性」はおおよそ10代で発現する。  乙種の人間はいわゆる「ただの人」である。目立った特徴がないため、第二の性を意識することなく一生を終える。総人口に占める比率が最も多いのもこの性だ。 甲種は女性であっても乙・丙種の女性や丙種の男性を妊娠させることができる。また、身体体的に優位な者や知能の優れた者は多く甲種である。維新の志士の多くはこの甲種であったという論文も発表されており、広く民間でも甲種の優秀さは信じられている。 一方で丙種は、男であっても妊娠することが可能な「産むための性」である。この性に大別された人間には、発情期が季節に一度訪れる。その間は特殊な「匂い」を発し、甲種や乙種を無意識に惹きつけてしまうため、襲われるのを防ぐためには家にこもるしかなかった。 「次の集まりでは何をするのですか」  日取りが決まったところで、藤春は尋ねた。遊びごとはたいてい侯爵がその時々の気分で決めてしまうのが習いであった。 「私の家で、着物や反物を色々見ることにしたんだ。今度から新しく入る男がいてね、染色を生業にしているからとっつきやすいだろう」 「着物……」  藤春は一言つぶやいたきり押し黙った。とたんに春の柔らかな空気は真綿のような息苦しさを帯び、首をぐるりと巻く細い銀の輪が鉛のように重くなった。  侯爵はそれをわかっていてさらに言葉を継ぐ。 「この頃は何か作っているのかい」 「……いえ、今はいろいろと教える方が忙しくて」  藤春はやっとの思いで口を開いたが、思っていたよりも力のない声が出た。彼は幼い頃から高名な南画家に師事し、2年ほど前までは日本画や着物の図案などを手掛けて仕事としていた。絵以外にも多くの趣味を持ち、茶はもちろん琴や三味線といった楽器の免状も持っているので、ここ1、2年は神楽坂の芸妓見習いたちの師匠役を買って出ている。元々は本当の師匠が休みの時の代理であったが、特にこの半年ほど年配の師匠が体の調子を崩しがちになっているので、いきおい出番が多くなっていた。
/34ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加