第2章 南の島へ

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「ある日、いつものように宿舎に遊びにいくと、 ショウイチロウが私に言いました。 もうここへ来てはいけない、と。 理由を聞くと、戦況が悪化していること、 サイパンが既に敵に制圧されたと言う 情報があること、もしそれが本当ならば 近々このテニアンにも敵軍が攻めてくるだろうと 教えてくれました。日本軍の施設に近づくのは 非常に危険だからと、村の人達にも そう伝えるように言われました。 そしていつでも避難できるように準備し、 少しでも変わったことがあれば すぐに周辺の洞窟へ逃げるようにとも 言われました。 私はショウイチロウにもう会えないのかと 尋ねました。すると彼は私を抱き締めて、 戦況が落ち着けばきっとまた会えると笑いました。 村へ帰る私を、ショウイチロウは ずっと見送ってくれました。」 ウナイは目を開けて、視線を窓の外に移した。 彼には遠い日の記憶が見えているのかもしれない。 「その翌日、私はどうしてもショウイチロウに 会いたくて宿舎に行ってみました。 しかしもう誰もいませんでした。 間も無く、空襲が急に増えました。 敵軍が上陸して、昼夜を問わず爆発音や 銃声があちこちから聞こえました。 私達はその間、避難先の洞窟で 息を潜めていました。 とても怖かったことを覚えています。」 ひとつ大きな溜息をつき、ウナイが続けた。 「しばらくすると空襲がパタリと止みました。 銃声も聞こえなくなりました。 私達はようやく洞窟から出ました。 住んでいた村は空襲で焼き尽くされていましたが、 村の人達はみんな無事でした。 ショウイチロウのお陰です。私は宿舎に 行ってみました。宿舎は焼け落ちていて、 もう日本兵がいた時の面影はなかった。 それからは毎日、私は人目につかない 夜明け前の薄暗いうちにショウイチロウを 探しました。街の中には至る所に死体があり、 ない場所を探す方が難しいくらいでした。 殆どが日本兵です。 民間人も少なくありませんでした。 私は現在のサン・ホセの向こう側の神社に 行ってみました。その鳥居前の広場は、 それまでに見た中で最も悲惨な場所でした。」
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