第2章 南の島へ

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私の頬を温かいものが伝う。 もう涙を止めることなどできなかった。 祖父は溢れ出る血液と激しい痛みに 命を削られながらも、 最期の最期まで愛すべき家族を 思っていたに違いない。 圭ちゃんが震える私の手をそっと握った。 彼も唇を噛み締め、込み上げるものを 堪えているようだった。 「私は写真と懐中時計を このままにしておいてはいけないと 思いました。ここにいたので敵兵の略奪は 免れましたが、残念な事に現地の者の中にも 死体から身包みをはがしていく泥棒がいました。 その人達はきっと、 私のように彼を見つけるはずです。 ショウイチロウの宝物をそんな人に 奪われるわけにはいきません。 私は何とか彼の手からそれらを外し、 ショウイチロウに別れを告げて立ち去りました。 子どもだった私に彼を埋葬できる力はなく、 せめて人目につかないように元通りに 草を被せることしかできませんでした。」 ウナイは悔しそうに顔を歪める。 「私は移り住んだ村に帰りました。 落ち着いてよく考えてみると、 とても怖くなりました。写真と懐中時計が 誰かに見つかれば、私も泥棒だと 思われるかもしれないと。 だから私は誰にも言わず、 ずっとこれらを隠し持っていました。 その後、私は時計の修理をしたり、 少しずつ増え始めた観光客向けの ガイドの仕事をしました。 ショウイチロウから学んだことが それからの私を助けてくれました。 私はいつか必ず日本へ行き、 彼の家族に写真と懐中時計を 直接返そうと思っていました。 しかし暮らすのに精一杯の私には 日本は遠過ぎました。 日本人の観光客に頼む事も考えましたが、 ショウイチロウの家族の手に届いたか わからないままになるのが怖くて、 できませんでした。 やがて病気になってしまい、この島から 出ることもできなくなりました。」 ウナイはチューロを見つめた。 「そこで孫のチューロに託す事にしました。 写真と懐中時計を見せて、大人になったら 日本へ行き、必ずショウイチロウの家族に 返してほしいと言ってきかせていました。 すると昨日、チューロが言うのです。 この写真の女性がサン・ホセにいたと。 まさかと思いましたが、もし本当であれば ここへ連れてきてほしいと頼みました。 しかし昨日は連れてこられなかったと しょんぼりして帰ってきました。」
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