第1章 思い

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祖母が1人暮らしをしていた古い貸家は 今は両親と弟が住む実家のマンションから 歩いて2~3分の場所にあった。 温和な性格の祖母は嫁である母とも 仲が良く、幼い頃から行き来していたせいか 私は祖母が大好きだった。 四十九日の法要を終えた 12月の最初の日曜日、 私は父と母と共に亡き祖母の家を訪れた。 家の中を片付ける為だ。 もう古い建物なので 取り壊されることになったらしい。 いらない家具などがあれば まとめて解体するので、 置いたままでも構わないと 大家さんが言ってくれた。 よく遊びに来ていた祖母の家が 無くなってしまうのは寂しいが 仕方がない。 形見分けは済ませた。 あとは私達が思い出の整理を しなければならない。 「お父さん、これはどうしようか?」 「うーん、これは取って置いても いいんじゃないか?」 父と母は相談しながら、手元に残す物と 処分するものを分けていく。 どれも捨て難いが、 我が家もさほど広いわけではないので、 持ち帰るにも限りがある。 仏間の押入れの中を片付けていた私は、 最後に一番奥にしまわれていたみかん箱を 引っ張りだそうとした。 とても重い。 えいっ!と気合を入れてようやく引っ張りだした。 みかん箱の上は真っ白に埃が積もっていた。 もう随分と長い間、そこにあったのだろう。 埃を払い、蓋を開けた。 「お父さん、お母さん、これ見て。」 中を見て、私は両親を呼んだ。 「親父だ。この写真、見たことがあるぞ。」 父はあちこちが掠れた1枚の白黒写真を手に取った。 いろいろな時計に囲まれて、 修理道具らしき小さな工具を手にした 20代後半の男性が笑顔で写っている。 「おじいちゃん?」 私は鴨居の上に飾られた黒縁の額に 入った白黒写真を見上げた。 おじいちゃんだよと、祖母に教えられたのは そちらの写真だ。 短髪に軍服を着たおじいちゃんの姿と、 穏やかな笑みを湛えたその男性は まるで別人に見えた。 「同一人物とは思えないね。」 「上の写真は出征の時だからな。 親父が出征したのは俺が4歳、 幸代(さちよ)が2歳の時だから記憶はないけど、 お袋がよく話をしてくれた。 腕のいい時計職人で、とても優しい人だったって。 そうだ!ほら、これ。」
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