第1章 思い

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父は写真の片隅に写っている 懐中時計を指差した。 「この懐中時計はお袋がプレゼントしたと 言っていた。時計職人なのに、 親父は自分の時計を持っていなかったらしい。 親父はとても喜んで、裏に自分の名前とお袋、 俺、幸代の名前を刻んで大切にしていたって。」 「そうなんだ。他にも何枚かあるよ、写真が。」 全て黄ばんだり端が破れていたりする 4~5枚の白黒写真は、どれも幸せそうな 4人家族の日常を写し出していた。 父親の記憶の無い父と妹の幸代おばさんに とっては、立派な額に入った無表情な写真より、 よほど価値のあるものだろう。 「それにしてもやっぱり静波は おばあちゃんの若い頃にそっくりね。」 それらの写真を見ながら母がしみじみと言った。 それは親戚みんなによく言われる。 私は父似で父は祖母似だから、 必然的に私は祖母似と言う公式が 成り立つ。 決して美人ではないが、 祖母の親しみやすい笑顔が 私も大好きだったので、 似てると言われると何だか嬉しかった。 「これ、幸代ちゃんにも見せてあげないとね。」 母はそれらの写真をティッシュに包み、 バッグに入れた。 「この下は・・・ノート?たくさんあるね。 どうりで重いはずだ。」 一冊を手に取り、中をパラパラとめくってみる。 やはり黄ばんでおり、字も読みにくくなっている 箇所もあった。 祖母の日記帳のようだ。 おばあちゃん、ごめんね。 心の中で日記を読む事を詫びつつ、 私は祖母の丁寧に書かれた文字を辿った。 <昭和21年 4月16日 火曜日 今日も駅に行ってみました。 数人の帰還兵の方々は見かけたが 尚一郎さんはいませんでしたね。 遠い所からお帰りになるの? きっと時間がかかっているのでしょう。 早く尚一郎(しょういちろう)さんに会いたい。>
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