28人が本棚に入れています
本棚に追加
/32ページ
父は写真の片隅に写っている
懐中時計を指差した。
「この懐中時計はお袋がプレゼントしたと
言っていた。時計職人なのに、
親父は自分の時計を持っていなかったらしい。
親父はとても喜んで、裏に自分の名前とお袋、
俺、幸代の名前を刻んで大切にしていたって。」
「そうなんだ。他にも何枚かあるよ、写真が。」
全て黄ばんだり端が破れていたりする
4~5枚の白黒写真は、どれも幸せそうな
4人家族の日常を写し出していた。
父親の記憶の無い父と妹の幸代おばさんに
とっては、立派な額に入った無表情な写真より、
よほど価値のあるものだろう。
「それにしてもやっぱり静波は
おばあちゃんの若い頃にそっくりね。」
それらの写真を見ながら母がしみじみと言った。
それは親戚みんなによく言われる。
私は父似で父は祖母似だから、
必然的に私は祖母似と言う公式が
成り立つ。
決して美人ではないが、
祖母の親しみやすい笑顔が
私も大好きだったので、
似てると言われると何だか嬉しかった。
「これ、幸代ちゃんにも見せてあげないとね。」
母はそれらの写真をティッシュに包み、
バッグに入れた。
「この下は・・・ノート?たくさんあるね。
どうりで重いはずだ。」
一冊を手に取り、中をパラパラとめくってみる。
やはり黄ばんでおり、字も読みにくくなっている
箇所もあった。
祖母の日記帳のようだ。
おばあちゃん、ごめんね。
心の中で日記を読む事を詫びつつ、
私は祖母の丁寧に書かれた文字を辿った。
<昭和21年 4月16日 火曜日
今日も駅に行ってみました。
数人の帰還兵の方々は見かけたが
尚一郎さんはいませんでしたね。
遠い所からお帰りになるの?
きっと時間がかかっているのでしょう。
早く尚一郎さんに会いたい。>
最初のコメントを投稿しよう!