第1章 思い

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「尚一郎さんて、おじいちゃん?」 「そう、河野尚一郎。 読み方は違うが、俺は親父の尚の字を とって、尚也(なおや)にしたらしい。」 「ふーん・・・。」 私は続きを読もうとした。 が、母の手が伸びて日記を奪われる。 「気持ちはわかるけどまずは片付けよ。」 「はーい。」 私は日記を箱に戻した。 その日は圭ちゃんが出張で帰らないので、 夕食は実家で一緒に食べることになった。 弟は彼女と遊びに出かけていて、 明後日まで帰らないようだ。 手元に残すことにした僅かばかりの品と あのみかん箱の中のノートや写真を 二つの箱に分けて実家に持ち帰った。 出前のお寿司を食べながら 3人でしみじみと写真を見たり 祖母の日記を呼んだ。 昭和12年、日中戦争が始まった年に 祖父と祖母は結婚した。 2年後の昭和14年に父が、昭和16年に 叔母が産まれた。 その年に第二次世界大戦が勃発し、 昭和18年に祖父は招集令状、俗に言う 赤紙を受け取り、6月に出征。 祖母は祖父が戦争へ行った日から たった1人で父と幸代おばさんを 育て上げた。 そして終戦直後から昭和22年の秋まで、 家事や仕事で寝る間もないくらいなのに、 僅かな時間を見つけては1日も欠かさず 駅へ通っていたらしい。 祖父の帰りを待っていたのだ。 しかし終戦から2年以上が過ぎた 昭和22年11月6日に、祖父の戦死通知書が 届いたと書かれていた。 遺骨も遺品も無く、どこでどのように 亡くなったのかさえわからない。 ただの紙切れ一枚だけの通知書。 そんなものでずっと待ち続けた最愛の人が もう帰ることはないと知らされた 祖母の悲しみは計り知れない。
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