第1章 思い

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その後の日記には、 父や幸代おばさんの進学、結婚、 そして4人の孫の誕生、その成長など 10年程前の出来事まで綴られていた。 3人でしばらく黙って読み進めていたが 不意に父がグスッと鼻をすすった。 目を潤ませて、手にしていた 日記を私に差し出した。 私はそのページを読んだ。 <昭和六十年 六月三日 月曜日 尚一郎さん。 尚也も幸代も良い人と巡り合い、 結婚して立派に家庭を持ちました。 静波、隆二、絵美、香苗。 可愛い孫が4人もできました。 私は幸せです。 もう思い残すこともありません。 あなたが帰って来られずにいるなら 今すぐにでもあなたを迎えにいきたい。 あなたの眠る南の島へ、 あなたのそばに行きたい。 尚一郎さん。 ただあなたに会いたい。> 「こんな風に思っていたなら、 多少無理をしてでも 連れて行ってやればよかった。」 父が呟いた。 かなり前の話だが、 両親は祖母を連れてサイパンへ行くことを 考えていた。 しかし計画中に 祖母が自宅で倒れてしまった。 幸い大事には至らず 1週間で退院はできたが、 それ以降は祖母の健康不安もあり サイパン旅行は実現しなかった。 父はこの日記を読んで、 さぞかし悔しく思ったことだろう。 どんなに心を尽くしても、 遺された家族に後悔はついて回る。 あれ? なぜかこのノートだけ 最後の数ページが白紙のまま残されている。 他のノートは全て最終ページまで 使用されていたのに。 どうしてこれだけ 使いきらなかったんだろう? 改めて日付を見て、ハッとした。 昭和六十年 六月三日。 その理由がわかった。 祖母が倒れたのはこの翌日だ。 急に入院することになったので 日記を書くことができなかったのだ。 それきり書くのをやめてしまったのか、 まだ続きがあるのかは祖母の家を 片付けてみないとわからない。 そう言えば・・・。 私はお見舞いに訪れた病室で 祖母と交わした会話を唐突に思い出した。 そして、見つけた。 最後にひとつだけ、 私が祖母にしてあげられることを。
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