第一章:美しい転入生

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――一目惚れなんて、出会いを装飾するためだけに存在する言葉だと思っていて、ましてや自分とは無縁のものだと思っていた。  始業式の朝、青木英明(あおきひであき)は手伝いのため、普段よりも早く学校に来ていた。一年のとき学級委員をしていたこともあり、二年になっても、引き続き、教師に都合良く使われるのは安易に想像できた。特に用事がなければ断らない性格のせいもあるが、もとから中学のときから学級委員だった自分としては、こういう定めなのだと諦めている。  職員室で体育館まで運んでほしいと渡された段ボールは、両手で抱えて顔が半分覆われるほどの大きさで、それほど重くはないものの、両手の自由を奪われ、目的地までゆっくりと歩みを進めざるをえない。体育館に向かう間に、部活の朝練なのか、ちらほらと体育着の生徒とすれ違うが、学校全体はしんと静まっている。これがあと一時間もすれば登校してきた生徒で賑わい、いつもの学校の姿になる。  校舎と校舎の渡り廊下を歩いていると、その途中の中庭にあるベンチに制服姿の人影を見つけた。距離が縮まるにつれ、その人影が男性で、その耳は黒のヘッドホンですっぽりと覆われているのが見えた。音楽に聞き入っているのか、視線は遠く、英明の視線には当然気づかない。リズムに合わせて、かすかに動く足先の上履きにはブルーのラインがあり、英明と同じ二年生だとわかった。 ――誰だろう?  この学校は生徒数がそれほど多くないこともあり、どの生徒もなんとなく見かけたことがあるという印象を受ける。だが、彼にはそれがなかった。彼は初めて見る顏のような気がする。彼の座るベンチを横切るとき、ようやく彼が英明の視線に気づいた。目が合った彼の顔をはっきりと確認して、やはり、自分は今まで彼に会ったことはないと確信した。なぜなら、彼の顔はこれまで英明が見た男性の中で、一番といっていいほど美しかったからだ。こんな美しい顏を忘れるはずがない。  ぱちりと目が合ったまま、英明はその視線から目を逸らすことができなかった。そして彼は英明に向かってにっこりと微笑み、驚いた英明は思わず立ち止まる。全世界の時計が止まったかと思った瞬間だった。
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