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「兄さん、春には会社員として働くんだって。俺を進学させるために」
「……」
「だからおまえの好きなリョウが辞めるのは、俺のせいなんだ。おまえだけじゃない、ホープスファンの人たちにも申し訳ない」
「そうでもない」
「いや、そうだろ! いっそのこと、おまえのせいだって言ってくれないか? そのほうが」
「違う。リョウの音楽、なくならない」
大和の言葉はとても落ち着いていた。
「へ?」
「英明、違う。リョウはたくさんの音楽作った。みんな忘れない」
「でも……」
英明の目元にじわりと涙が浮かんだ。大和はまるであやすかのように、その涙を指で拭った。
「泣くの、だめ。僕が英明を泣かさない」
「は? なんだよ、それ」
「楽器屋、メンバーの健一が来た」
「健一くんが?」
「仲良くなった。ギター褒めてくれた。リョウのこと聞いた。今日のチケットもらった」
「なるほど、そういうことか」
今日の関係者チケットの謎は解けた。そして、大和のギターを褒めたということは、あのテクニックも、すでに健一の耳に入っているということになる。
「僕は、オーデション受ける」
「オーデション?」
「ホープスのサポートギター」
「え? それってリョウの代わりってこと?」
大和は力強く頷いた。そして、持っていたマグカップを床に置き、英明の両手を包むように顔の前に持ち上げた。
「僕は英明のために、リョウの居場所を守ります」
「は? 何言って……」
「いっぱい練習する。そしてリョウが戻ってくるまで、僕が守る。だから英明は泣かない」
「何それ、俺のためってこと?」
「僕のため。英明のため。ね?」
「本気で言ってんの……?」
大和は笑顔で、再び力強く頷いた。けれど大和ならやれる気がした。絶対に約束を守る、そんな目をしていた。泣かないで、と言われても、大和が自分のことを思って、決めてくれたと聞いたら、嬉しくてたまらない。再び滲む涙に、大和は寂しそうな顔をして、英明の体を抱き寄せた。
「大丈夫。大丈夫」
「ありがとう……おまえならできる気がする」
「まかせて」
英明の涙が止まるまで、大和は英明の背を優しく撫でてくれた。
大和は、英明よりも早く現実を受け止めていて、そして前に進んでいた。今、自分が何をするべきなのか、考えていた。英明には大和のほうが、うんと大人にみえた。
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