0人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
バックヤードで休憩していると、売り場の方から怒声が聞こえた。
「うわっ。なにやってんだよ、このバカ」
慌てて飛び出ると、レジの前で若い男の客がアルバイト店員を睨んでいた。声は客のものらしい。
「どうしました?」
声をかけると、「誰?」と今度はこちらを睨む。
「店長の美馬と申します」
ちょうどよかったと言って、男はレジカウンターの上を指さした。
「バイトの奴がさ、おでんの汁をこぼしやがったんだよ」
見れば白い天板の上におでんの容器があった。そのそばに、ほんの少しだけ茶色い液体がたまっていた。私なら、いや、ほとんどの人は気にならない程度の量だろう。それでも客の指摘を否定するわけにもいかず、
「それは申し訳ございません」と丁寧に頭を下げてから、
「お召し物が汚れたようなことは?」
恐る恐る訊ねると、男は「ないよ」と不貞腐れた表情を浮かべた。
ホッと胸をなでおろし、アルバイトに指示を出す。
「じゃあ、新しいおでん、用意して差し上げて」
「はぁ?」と言ったのは客だ。
なんだと思って見ると、男は絡むような視線を向けていた。
「それですむと思ってんの?」
「と、申しますと?」
「だから、客に迷惑かけたんだよ?もしかしたら火傷だってしたかもしれないし。もっと他に何かあるでしょ。お詫びの仕方が」
彼の視線はちらちらとカウンターの上へと泳ぐ。その先には買い物かごがあった。お酒やおつまみがどっさり入っている。
まさか買ったものをただにしろと言っているのではあるまいな。それなら図々しすぎる。何様のつもりだ。おでんの汁をこぼしただけなのに。
最初のコメントを投稿しよう!