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トイレの個室のドアを開け、俺だけを中に入れる。
「ここで、待ってるから」
そう言って、瀬戸はドアを閉めてしまった。
なんだ、この気まずさは。
俺が何かをしようものなら、個室の外にいる瀬戸に気づかれてしまう。
ここで何もできないまま、時間が過ぎるのを待てというのか。
しばらく黙っていると、外から声が聞こえてきた。
「・・・久しぶりだね」
ドアの向こうから聞こえる、
瀬戸の、声。
「・・・橘?」
「あ、あぁ、久しぶりだな」
「ちょっと声、低くなった?」
「そうかもな、もう25だし、煙草吸うし」
「煙草吸うんだ。なんか似合ってる」
よかった。
案外、普通に会話ができるものだ。
でも、ドアがあって助かった。
もしなければ、俺は・・・
「せ・・・・・・お、お前は?」
「俺は吸わないよ」
「そうか」
瀬戸。
そう呼ぼうとしたのに、呼べなかった。
口にしようとした瞬間、
ものすごい緊張が襲ってくる。
やはり俺は、
こいつのことを忘れていないのか。
もう7年も経つのに。
自分から・・・捨てたのに。
「・・・もう、いい」
「え?橘、何か言った?」
「悪い、もう・・・戻ってくれ」
胸が苦しい。
このまま2人だけでいちゃいけない。
「俺なら大丈夫だよ。ここに橘を残すほうが心配だよ」
「お前、子供いんだろ?もう戻れ、そして家に帰れ」
「え?」
「さっき女子たちと話してたらしいじゃねぇか、子供の話」
「ああ、俺・・・保父さんだから」
「・・・・・・え?」
「仕事柄、子供のことは色々わかるんだ。だから教えてたんだよ」
そう、だったのか。
その事実を知った途端、胸のムカムカが少し治まった。
「橘、俺・・・子供もいないし、結婚もしてないよ」
「そ、そうか」
「だって、だって・・・俺」
ドン、とドアを叩く音がした。
「・・・橘、開けて」
「・・・・・・だ、ダメだ」
「お願い」
真剣な、瀬戸の声。
ダメだ。このドアを開けたら、
もう・・・引き返せなくなる。
自分の気持ちを、抑えられなくなる。
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