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 太陽の光がぼんやりと見える朝のことです。  人間が踏み入らない山奥のさらに奥、ふかふかとした雪の間から、一匹のまあるいうさぎが顔をだしました。  宮城県の名産、笹かまぼこのようなかわいらしい耳をぴるりとふるわせ、雪をはらうと、あたりにバニラの香りがひろがりました。まあるいからだを雪のうえへだすと、バニラの香りがいっそうひろがります。  このうさぎは「冬うさぎ」とよばれ、あたたかそうなふっくらとした毛並みを持ち、バニラの香りをまとっています。白い色をしていますが、よく見ると、さまざまな雪の結晶のもようになっています。  そんな冬うさぎは、お空をぐるりと見わたして、小首をかしげます。  立春(りっしゅん)もすぎたというのに、太陽の輝きは(にぶ)く、お空もすこし暗い青色に見えます。冬うさぎは視線を雪の上に戻して、周囲をうかがいます。いつものこの時期であれば、雪もすこしずつ()けだして、木々の葉についた雪の(しずく)がきらきらと輝いているはずです。しかし雪は溶けだすことなく高々と積もり、木々のうえにもこんもりとのこっています。  そういえば、と冬うさぎは思います。  自分のからだがいつもより大きいこと、そして春を()げる「春うさぎ」のすがたがありません。気配も感じられないのです。  いつもねむたそうにしている春うさぎですので、またねぼうでもしているのかと、冬うさぎは一路(いちろ)、春うさぎのもとへむかいます。手土産に酒まんじゅうと、雪のしたで育ったきゃべつも忘れません。住処(すみか)()けるので、首にちいさな赤い鈴をつけていきます。これでどんなに雪が降っても、自分の住処に帰れます。  いざ! 春うさぎのもとへ!
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