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午前10:21 屋上
「…クラス手伝わないの、蒼野」
高校の文化祭。四方八方から賑やかな音が溢れ出ている今日。
それでも、背中に掛けた小さい声がはっきり聞こえる程この屋上は静かだ。
プラカードを持って学校を巡り、ところ構わず声を張り上げる客寄せの一年生も、ここには来ない。
騒音だと雨戸を開けた近所の偏屈じいさんも、思わず聞き惚れるような軽音部のアンサンブルでさえ、ここまでは届かない。
耳を済ませば、極限まで薄めた味気ない音色が聞こえているような、そんな程度だ。
校庭で混ざり合う肉と蜂蜜の匂いも、血糊が付いた教室から飛び出す悲鳴と漏れる冷房の寒さも、屋上では感じない。
秋と夏が腐ったような生暖かさがあるだけだ。
「ここにいてもつまらないんじゃないかな、」
太陽に乱反射する黒髪に重いブレザーを羽織った、いつもの後ろ姿。
ここ最近は肌寒くなってきたけれど、いくらなんでもその格好は過剰に見える。
こちらまで汗が吹き出してきそう。
でも、脱げと言っても聞き入れないし、実際全く苦痛そうでないのがこの人の変なところだ。
「…蒼野。せめて振り向きなよ」
「それ命令?」
呆れたような低音がふいに返ってきた。
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