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最低と男
「そういうところなんだよね」
何度も聞いた。ほとんど口癖のようになっていて、そういえば、と気づく。付き合い始めの頃は、一度も聞いたことが無かった、口癖。
「今回だけはって言うのも、もう無しだから。本当なら、もっと前からあり得なかったんだから」
分かってるさ、分かってる。そう言いながらの心中は、まるで穏やかではない。今回は本当に無理なのかもしれないな。一瞬、諦めが過って、すぐさま打ち消す。ない、ない。そんなことは、あってはいけない。
「それは、よく、ない」
自分でも、驚いていた。自分の口から出た言葉なのだから、もちろん俺が思ったことだ。抱いていることだ。それなのに、こんなにも、驚いている。
それだけ、いなくなってほしくないのだ。
それだけ、都合がいい女なのだ。
「良くないって何が」
「なにも、かも」
そう。なにもかも、だ。
「それって、あんたににとって私が都合のいい女なだけだって、そういうことでしょ」
俺は今、どんな顔をしているのだろう。図星を指されたと思っているのか。あまりの言葉に怒っているのか。どちらでもないのか。
「ほら。見え透いてるわよね、あんたは。正直者でよろしいことで」
「違う。違うんだ、よ」
どうしたって言葉は弱まる。おそらく本人が心を込めれば込めるほど、それは弱々しい言葉となって散るのだろう。本人が、それを望んでいるから。
「俺は、俺は」
お前のことが。
「お前のことが」
嫌いだから。大嫌いだから。利用しやすいから。ちょうどいいから。都合がいいから。身体つきがエロいから。だから。だから。
「お前の、ことがさ」
浮かんでは消え、浮かんでは消える言葉たちは、どれも俺の口から吐き出される事は無かった。
「お前の、ことがさ」
俺は立ち尽くす。言葉を伝える相手がいなくなってしまったことを、認めたくないから。
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