柿の木の呪縛《改稿版》

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この真っ直ぐな心を、汚したくない。 一点の邪心もないお子の鬼退治を、 復讐という暗い色に、染めたくない。 お子の目に、俺のような、 あの子蟹のようなどす黒い炎が宿るのを、 見たくない。 俺が、守る。 俺の中に、新たな炎が揺らめいた。 背中の刀が、懐の珠が、また熱を帯びた。 「桃太郎殿。美味い黍団子の礼がしたい。俺を鬼退治に連れて行ってはくれまいか。役に立つぜ、俺は。 それから、これを受け取ってくれ。きっと貴殿を守ってくれる。 ……形見なのだ」 懐から珠を取り出し差し出すと、お子はきょとんとして、俺と珠とを見比べた。 「鬼退治を手伝ってくれるのはありがたいが、そんな大切な物をもらう訳にはいかぬ」 「俺にはもうひとつ、この刀があるから良いのだ」 珠よ、 龍であったというお嬢の祖母の、清浄な瞳だという珠よ、 お子を内なる邪から守ってやってくれ。 外の邪は、俺がこの刀で必ず切り祓う。 邪の心は、この刀とともに、すべて俺が引き受ける。 祈りながら、澄んだ桃色の珠をお子の手に乗せると、 刹那、珠は龍の鱗のような目映い金色の光を放った。 「ほら、珠も喜んでいる」 「……ならば旅の間、預かることとしよう。 美しくて、何か懐かしく暖かい、不思議な珠だな。 こんな物を持っているそなたは、本当に柿の木の仙人ではないのか」 お子は、赤子のように頬を紅潮させて、大切そうに珠を懐にしまい込んだ。 俺を見るその無邪気な瞳が、あの頃のお嬢の幼い笑顔と重なった。 お嬢。 俺はもう、あの頃の無邪気な俺ではない。 でも、いや、だからこそ俺に、 今度はお子のためにこの妖刀を使わせてくれ。 罪の印は「ずる賢い猿」の俺が負う。 悪役こそが、俺の領分なんだ。 背中の刀が、今度こそ俺に熱く応えてくれた気がした。
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