柿の木の呪縛《改稿版》

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「さて、参りましょうか」 姐さんに促されて立ち上がると、 お子は柿の木を見上げ、その幹に触れて語りかけた。 「柿の木よ、そなたの導きで、わたしは心強い味方を得た。 しばらくそなたの守人を借り受けるぞ」 柿の木から、実がひとつ、ぽとりと落ちた。 それを拾い上げたお子が、嬉しそうに俺の手に乗せる。 「柿の木の許しを得たぞ。ほれ、これは守人への餞別に違いない」 その柿の実は陽を受けて、先程の珠と同じくらい煌々と輝いた。 汚れた俺の手の中で、その光には微塵の影もなく、ただ美しく輝いていた。 目頭が熱いのは、きっと背中の刀が熱いからだ。 お嬢。 おっかあ。 俺が今まで生き長らえてきたのは、今日のためだったのか。 俺の本当の旅は、ここからなんだな。 「よし行こう」 お子の明るい声に押され、 両の手に包んだ柿の実を見つめながら俺は、 柿の木に背を向け、お子に先んじて歩き始めた。 姐さんがふふ、と忍び笑い、からかうように言う。 「チビ猿が、随分と立派な面構えになったものだな。 知恵だけではなく、腕力でも頼りになりそうだ」 「あんたは婆さんになったな。 足腰立たなくなったら俺が背負ってやるから、安心しなよ」 「口も立派になったか」 「お互い様だ」 俺と姐さんは、目を見交わして、笑い合った。 心から笑ったのなど、何年ぶりか。 刀を握ってもいないのに、身体に力がみなぎってくる。 「お互いに、預かり知らぬ時間がある、か。 もう、あの小さなお前ではないのだな。 私も歳をとったということか」 感慨深げに、姐さんが呟いた。 「あんたは変わらないよ。あの頃のままの、真っ直ぐな姐さんだ」 視線を上げ、俺は一度だけ立ち止まり、振り返った。 柿の木は、傾きかけた陽を背に受けて、金色に光り輝いていた。 お子も振り返り、ほうっと溜め息を漏らしながら呟く。 「なんとも美しい姿をした木だな。 まるで千手を広げた観音が、わたし達の行く先を照らしてくれているようだ」 俺の罪に穢れた柿の木が、お子には別の姿を見せている。 いや、俺にも確かに、観音の姿を見せてくれている。 俺はまた、目頭が熱くなった。 姐さんに悟られぬように、空を仰いだ。 すべてを美しいと信じる、かの魂。 希望に輝く、かの瞳を、 俺は必ず、守る。 Fin.
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