柿の木の呪縛《改稿版》

3/11
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ
お嬢の形見となった刀と珠を抱きしめて、俺とお袋は必死に桃を追った。 だが桃はすぐに流れに飲まれ、見えなくなった。 幼かった俺の心は、行き場のない憤りと悔しさで支配されていた。 お嬢は人ではなかったさ、確かにな。 あの優しい鬼だって、普通の鬼ではなかったさ、確かにな。 だがそれが人にとって、鬼にとって、そんなにいけないことなのか? その存在を、寄って集って抹殺しなければならないほどに? 根拠のない噂や迷信に惑わされ、本質を見ようとしない、馬鹿な村人。 自分を誇り、力を誇ることしか知らない、野蛮な鬼ども。 俺は心底呪った。お嬢をこの世に生かしてくれなかった、すべてのものを。 信じられるものなど、何もない。 日頃はお嬢と仲良くしていた鳥も獣も虫も、 何もかも、誰も彼も、 あの火の海の中では、お嬢を助けようとはしなかったのだから。 俺の心には、別の火が宿っていた。 お嬢の笑顔のような暖かい灯ではなく、 心の臓を焦がすあの炎の海のような、 熱く、どす黒い火が。 あの日大火傷を負ったお袋は、身体の自由が利かなくなった。 それでも、桃に封じられたお子を探すのだ、と言い張るお袋を背負って、俺は、あの急流の下々の村を訪ね回った。 長い旅には危険がつきまとう。特に動けないお袋はなおさらだ。 俺はお袋を守るために、 自分を守るために、 あらゆる知恵をつけ、身体を鍛えた。 そんな俺に、お嬢の形見の刀は、いつしか力を貸してくれるようになった。 お嬢の母が、彼女を守るためにその身を闇に落として振るったという、その刀。 俺にも解るほどの邪の気を放つ、妖刀。 しかしながらそれを握ると、どこか親の懐に包まれるような安らかさと、湧き出るような力の流れを感じた。 身体が、自分の大切なものを守るために、勝手に動く。 それに気づいてからの俺は、有頂天だった。 この刀があれば、お袋を守れる。 「お嬢のお子に、お嬢の形見を渡したい」というお袋の切なる願いは、 特に俺の願いという訳ではなかった。 お嬢のお子がこの世に遺されたことは、確かに嬉しいことには違いないが、 お嬢本人の笑顔が二度とは見られない今、 俺の願いは、お子を見つけることよりもむしろ、 ――お袋の笑顔を見ることだったのだ。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!