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お嬢の形見となった刀と珠を抱きしめて、俺とお袋は必死に桃を追った。
だが桃はすぐに流れに飲まれ、見えなくなった。
幼かった俺の心は、行き場のない憤りと悔しさで支配されていた。
お嬢は人ではなかったさ、確かにな。
あの優しい鬼だって、普通の鬼ではなかったさ、確かにな。
だがそれが人にとって、鬼にとって、そんなにいけないことなのか?
その存在を、寄って集って抹殺しなければならないほどに?
根拠のない噂や迷信に惑わされ、本質を見ようとしない、馬鹿な村人。
自分を誇り、力を誇ることしか知らない、野蛮な鬼ども。
俺は心底呪った。お嬢をこの世に生かしてくれなかった、すべてのものを。
信じられるものなど、何もない。
日頃はお嬢と仲良くしていた鳥も獣も虫も、
何もかも、誰も彼も、
あの火の海の中では、お嬢を助けようとはしなかったのだから。
俺の心には、別の火が宿っていた。
お嬢の笑顔のような暖かい灯ではなく、
心の臓を焦がすあの炎の海のような、
熱く、どす黒い火が。
あの日大火傷を負ったお袋は、身体の自由が利かなくなった。
それでも、桃に封じられたお子を探すのだ、と言い張るお袋を背負って、俺は、あの急流の下々の村を訪ね回った。
長い旅には危険がつきまとう。特に動けないお袋はなおさらだ。
俺はお袋を守るために、
自分を守るために、
あらゆる知恵をつけ、身体を鍛えた。
そんな俺に、お嬢の形見の刀は、いつしか力を貸してくれるようになった。
お嬢の母が、彼女を守るためにその身を闇に落として振るったという、その刀。
俺にも解るほどの邪の気を放つ、妖刀。
しかしながらそれを握ると、どこか親の懐に包まれるような安らかさと、湧き出るような力の流れを感じた。
身体が、自分の大切なものを守るために、勝手に動く。
それに気づいてからの俺は、有頂天だった。
この刀があれば、お袋を守れる。
「お嬢のお子に、お嬢の形見を渡したい」というお袋の切なる願いは、
特に俺の願いという訳ではなかった。
お嬢のお子がこの世に遺されたことは、確かに嬉しいことには違いないが、
お嬢本人の笑顔が二度とは見られない今、
俺の願いは、お子を見つけることよりもむしろ、
――お袋の笑顔を見ることだったのだ。
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