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数日の後、俺はお袋を背負い、あの場所を通った。
あれだけ実を食いまくったはずなのに、柿の木はまた、あの時以上のたわわな実をつけていた。
色を失くした初冬の景色の中で、その柿の木だけが、赤く、……ただ赤く。
燃え盛る炎のようだった。
「美味そうな柿だねえ。ひとつ取っておくれよ」
「……この先の空き家に、栗を隠してるんだ。囲炉裏で暖まりながらそれを食って、とっとと次の村へ行こうぜ、おっかあ」
俺は柿の木から目を逸らし、足早に通り過ぎた。
どんなに振り払っても、俺の瞼には、あの柿の実のひとつひとつが、子蟹の燃え盛る目と重なり合って映っていた。
本意でない死。
湧き上がる、どす黒く熱いもの。
燃える炎。
俺は、
俺がこれまでやってきたことは。
あばら家に辿り着くと、囲炉裏にはすでに火が着いていた。
囲炉裏に隠しておいた栗は、誰かが食べてしまったろうか。
お袋を背負ったまま囲炉裏に近づくと、
ばちばちっ!!
突然、囲炉裏から熱い塊が弾け飛んだ。
「熱っ……!!」
まともに顔面に食らい、すんでのところで踏みこたえた。
「なに!?」
「大丈夫だ」
あの瓶に、水が張ってあったはず。
すぐに冷やせば、大事ない。
ちくちくっ!!
「痛っ……!!」
火傷でよく見えない視界の先、
手にかけて覗き込んだ水瓶の蓋の中からは、大量の羽音が湧き出した。
痛い!! 熱い!!
よろよろと、明るさを頼りに戸口を出たところで、ずるり、と何かに足を取られた。
背中のお袋を咄嗟に庇い、何とか反転して俯伏せに倒れ込んだ。
「……大丈夫か、おっかあ」
「危ない!!」
思いもしない強烈な力で、俺はお袋に突き飛ばされた。
どごっ。
鈍い音とともに、地がびりびりと揺れた。
何が起こった!?
「おっかあ!! どうした!?」
顔が痛い。熱い。
目が開けられない。
手探りで周囲を確かめた俺に解るのは、
手に、身体に、べたりとまとわりつく、牛糞の匂い。
それに混じって、脇に横たわるお袋から流れ出る、かすかな血の匂い。
次第に熱を失うお袋の身体。
その上にめり込む、冷たい石の臼。
焼け焦げた栗の匂い。
自分の顔の皮膚が焦げる匂い。
蜂の羽音。
かさかさ、かさかさ。
無数の小さな足音が聞こえる。
見えないはずの俺の目には、確かに浮かんでいた。
燃え盛る小さな目、目。
痛く突き刺す無数の子蟹の視線。
俺は、復讐されたのだ。
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