柿の木の呪縛《改稿版》

6/11
前へ
/13ページ
次へ
数日の後、俺はお袋を背負い、あの場所を通った。 あれだけ実を食いまくったはずなのに、柿の木はまた、あの時以上のたわわな実をつけていた。 色を失くした初冬の景色の中で、その柿の木だけが、赤く、……ただ赤く。 燃え盛る炎のようだった。 「美味そうな柿だねえ。ひとつ取っておくれよ」 「……この先の空き家に、栗を隠してるんだ。囲炉裏で暖まりながらそれを食って、とっとと次の村へ行こうぜ、おっかあ」 俺は柿の木から目を逸らし、足早に通り過ぎた。 どんなに振り払っても、俺の瞼には、あの柿の実のひとつひとつが、子蟹の燃え盛る目と重なり合って映っていた。 本意でない死。 湧き上がる、どす黒く熱いもの。 燃える炎。 俺は、 俺がこれまでやってきたことは。 あばら家に辿り着くと、囲炉裏にはすでに火が着いていた。 囲炉裏に隠しておいた栗は、誰かが食べてしまったろうか。 お袋を背負ったまま囲炉裏に近づくと、 ばちばちっ!! 突然、囲炉裏から熱い塊が弾け飛んだ。 「熱っ……!!」 まともに顔面に食らい、すんでのところで踏みこたえた。 「なに!?」 「大丈夫だ」 あの瓶に、水が張ってあったはず。 すぐに冷やせば、大事ない。 ちくちくっ!! 「痛っ……!!」 火傷でよく見えない視界の先、 手にかけて覗き込んだ水瓶の蓋の中からは、大量の羽音が湧き出した。 痛い!! 熱い!! よろよろと、明るさを頼りに戸口を出たところで、ずるり、と何かに足を取られた。 背中のお袋を咄嗟に庇い、何とか反転して俯伏せに倒れ込んだ。 「……大丈夫か、おっかあ」 「危ない!!」 思いもしない強烈な力で、俺はお袋に突き飛ばされた。 どごっ。 鈍い音とともに、地がびりびりと揺れた。 何が起こった!? 「おっかあ!! どうした!?」 顔が痛い。熱い。 目が開けられない。 手探りで周囲を確かめた俺に解るのは、 手に、身体に、べたりとまとわりつく、牛糞の匂い。 それに混じって、脇に横たわるお袋から流れ出る、かすかな血の匂い。 次第に熱を失うお袋の身体。 その上にめり込む、冷たい石の臼。 焼け焦げた栗の匂い。 自分の顔の皮膚が焦げる匂い。 蜂の羽音。 かさかさ、かさかさ。 無数の小さな足音が聞こえる。 見えないはずの俺の目には、確かに浮かんでいた。 燃え盛る小さな目、目。 痛く突き刺す無数の子蟹の視線。 俺は、復讐されたのだ。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加