柿の木の呪縛《改稿版》

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それから何回目かの秋が、過ぎようとしている。 お嬢のもうひとつの形見である珠は、あの時お袋の懐に守られ、潰れずに俺に遺された。 いや、珠は、お袋を守ろうとしてくれていた。 石臼に容赦なく潰されたはずのお袋の身体は、珠の周囲だけ、不思議と無傷だったから。 もしもお袋が珠を懐に抱え込まずに、臼に向けていれば、あるいは……。 やめよう。考えても詮ないことだ。 刀はあれからずっと、背に負ってはいるが、一度も抜いていない。 俺の悪名と、焼けただれた醜い顔とが知れ渡り、 そんな俺にあえて近づいて来るような輩が減ったせいで、 特に身を案ずることもなくなったのだ。 ふたつの形見。 何度も捨ててしまおうと思った。 だが、「形見をお子に」と言い続けたお袋の遺志が、 無気力で捨て鉢の俺を、紙一重で思い留まらせていた。 春から秋にかけて、俺は気が向けば、桃の行方を尋ねて、ほうぼうを巡る。 秋も終わる頃には、この柿の木に帰って、冬を過ごす。 いつも実がなっている、不思議な木。食糧の乏しい冬には、有り難い存在だ。 人間にはなぜか、枯れ木にしか見えないらしいが。 なぜ俺は、この木から離れようと思わないのだろう。 確かに食うには困らない。 だがあの日の、心の臓が凍るような子蟹達の暗い目が、必ず付いて回る、この木。 「ずる賢い乱暴者」 「親を身代わりにした卑怯者」という、 これ以上はない悪評に、いつも晒されなければならない、この地。 それなのに。 まあいいさ。身から出た錆、自らが蒔いた種だ。 今さら言い訳をしたところで、なおさら惨めになるだけだ。 身体が重い。 何をするのも面倒臭い。 桃の行方は今年もわからなかった。 今さら見つかるはずもない。 ただ俺が、俺をこの世に生かしてやれる、たったひとつの綱。 見つかろうが見つかるまいが、俺の残りの生の意味は、そこにしかないのだ。 そろそろ初雪が降る頃か。 柿の木の枝を寝ぐらにできるのもあと何日か。 「美味そうな柿だなあ」 木の下から不意に人間の声がした。 びくっ、として上半身を起こし、見下ろす。 気配には敏感な俺だが、まったく気づかなかった。 上等な鎧と刀をまとった、立派な身体つき。 それにはあまりに不似合いな、幼い笑顔の少年が、 俺を見上げていた。 何者だ? なぜこの柿の実が見える? 俺は思わず刀の柄に手をかけた。
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