柿の木の呪縛《改稿版》

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久しぶりに握ったせいだろうか、 刀が、熱く震えている。 懐の珠までが、熱いような気がする。 俺の警戒心などまったく意に介さず、屈託のない笑顔で、その少年は言った。 「山がここだけぱぁっと鮮やかで、気になって来てしまったのだ。 そなたはこの柿の守人か? なんとも雄々しい仙人だな。 ひとつ実をもらっても良いか?」 「仙人? それは俺のことか?」 「はて? 仙人ではないのか?」 この、焼けただれた顔の俺を見て? 俺と話ができる上、どこか、……何かが引っ掛かる、不思議な人間。 その足元に従う犬が、口を開いた。 「じきに雪の季節が参ります。先を急ぎませんと」 その声。立ち居振る舞い。 あの、優しい鬼に付き従っていた―― 「……あんた、……姐さん?」 犬もこちらを見上げた。 「まさか、……あのチビ猿か?」 「お前の知り合いか。 ならばちょうど良い、黍団子がたんとあるゆえ、そなたも降りて来て、一緒に食べぬか。 柿をいただければ、なおありがたい」 犬が俺とかちり、と目を合わせ、ゆっくりと頷いた。 まさか本当に!? 探し求めていた、お嬢のお子なのか!? 言われて見れば、優しい鬼を彷彿とさせる、白い肌。 やや華奢ながらも立派な体躯と背格好。 そして何より、お嬢と瓜二つの、その面差し。 「わたしは桃太郎と申す者。 拾われ子だが、大切に育ててもらった果報者だ。 恩を返すには、世の中に尽くすことが一番だと思ってな。 世のため人のため、悪い鬼を退治に行くところなのだ」 黍団子を頬張りながら、 意気揚々とお子が言う。 なんと、村人が噂していた命知らずとは、お子のことなのか!? しかも、鬼との因縁を、何も知らずに。 父が鬼であることも、 父母が鬼どものために命を落としたことも。 「この黍団子、美味いだろう。養い親のおばあさんが作って持たせてくれたのだ。 鬼のせいで顔にたくさんの傷を負っているのだが、 それでも朗らかで優しい、天女のような人なのだ」 ああ、お子は人として、幸せに生きて来たのだな。 だからこそ揺らぎのない、無垢な意志。 穢れのない、純な瞳。 俺が、お嬢と過ごした遠い日々に置いて来たもの。 懐かしい、優しい時間を俺に与えてくれたもの。 俺が失ったそれらを、このお子は、ずっと持ち続けているのだ。
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