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「参考までに聞くけど、さっちゃんの元旦那さんは、最期にどんな言葉を遺したのかな?」
玄関を出ようとした時に、主人がボソッと言ったから、思わず扉を押す手が止まった。
「いや、僕もさっちゃんより4つ年上だからね。順番としては、ね。まあ、参考までに」
「4歳くらいなら、どっちが先か分からないじゃないですか」
私は玄関の重い扉を押しながら笑って首を振った。
「ずっと愛してくれていたそうよ。それを超える言葉を考えておいてね」
「そうか。うん、それは難しいな」
「ふふっ。じゃあ、私の方がたくさん考えておくから、貴方が私を看取ってくれる?」
「いや、それはもっと難しいな……」
そんな話をしながら、手を繋いで歩く60代の夫婦。
傍から見たら幸せに見えるのだろうか。
恵一は勝手だった、私はそう思った。
きちんと話をしていたら、もっと違う未来もあったかもしれない、と。
私の中で様々な後悔が渦巻いていって、恵一への愛情を思い出して……。
だけど、それは今の主人との生活を否定することになる。
私のこの30年の人生を否定することに。
だから、後悔しても仕方がない。
私は今の幸せを大切にしなくてはいけないのだから。
私のはじめの結婚は最悪な別れ方をした。
それでも、私のはじめの結婚は幸せだった。
崩れたと思った幸せは、やはりあの場所に確かにあったのだ。
その過去を胸に、残された未来の時間を幸せに生きよう。
【了】
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