4人が本棚に入れています
本棚に追加
2
思い出の中はぬるま湯と同義である。
「見ろよベル!カブトムシ!」
蝉が喚き立てる森林の中。
幼い蒼野は黒い虫をつまみ上げ、高々と掲げた。反射光を受けて、脂ぎった甲羅がテカテカと輝く。
「キャー!」
大きな体を重そうに揺らしながら、逃げていく女の子。
蒼野は得意気に、汚れた左手で鼻の頭を掻く。
「へへへへー!」
「虫イヤー!こっちこないでー!」
小柄な蒼野はすぐに先回りして、笑いながら小さくもがく虫を突き出した。
「お前がオレより早く走れるわけないじゃん!」
「…ひっ、ひどいー!バカー!!」
パニックに陥った彼女は、巨体からパンチを繰り出した。
「ウギェッ」
見事に頬にクリーンヒット。
情けない呻き声を出して、湿った腐葉土に倒れ込む。
パーの形になった右手から解放されたカブトムシは、掴まれた脇腹に目をやる。
カブトムシは憤りを感じながら、少年の手を伝って柔らかい地面へ降り立つ。
少年が伸びている間に、カブトムシは土の匂いをいっぱい吸い込みながら巣へ帰っていった。
「なにをしているのだ。」
木登りをしていた双子の男女が、蒼野の顔を覗き込んだ。
最初のコメントを投稿しよう!