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「ひらがなの名前の男なんて、会ったことないよ」
「んー、確かに、知り合いにはいないけど。でも、ありそうじゃない? たけしとか、きよしとか」
「いや、それはタレントの芸名だろ」
んー、そうか、と黙り込んだ舞は、それでも諦めきれないらしい。少し眉根を寄せて考えこむ様子を、優駿は黙って眺めた。
妊娠が判明したのは先週のこと。同棲を始めたのが一年前で、漠然とではあるが結婚の意思を互いに確認してから半年以上は過ぎている。社会的にはともかく、二人の中では順序の混乱はなかった。ただ挙式のタイミングは、何となく想定していたよりも早まることになるだろう。
まだ悪阻もほとんどない今のうちに、いろいろな問題を片づけて、準備を進めていかなければ。舞の張り切りようは一見すると微笑ましいが、無邪気な表情に一抹の翳りがまとわりついているのを見逃すことはできなかった。
「うーん、ダメかぁ」
舞が白い歯を見せた。やはりひらがなの男名が思い浮かばなかったらしい。
「ひらがななら、音読みも訓読みも関係ないと思ったんだけどなぁ」
努めて明るく白状した彼女に、優駿は薄く雲がかかったような笑いしか返せなかった。
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