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漢和辞典を見ると、よく音読みはカタカナ、訓読みはひらがなで書かれている。それが由来なのだろう、父は訓読み姓の人を罵るのによく平仮名という言葉を使った。だから舞が「子どもが生まれたら、ひらがなの名前にしよう」と提案したとき、優駿は思わず耳を疑ったのだ。
「名前の方は、そんなに気にすることないさ。親父がこだわるのは、あくまで苗字のことなんだから」
「うん……」
「親父は頭が古いんだよ、今どき音読みだ訓読みだって。結婚したらどっちみち、舞だって子どもだって志賀になるんだしさ」
「ユウシュン」
その音の響きを確かめるように、舞が呼ぶ。
「出会ったばかりのとき、あたし優駿のこと、まさとしって読んだことがあったの。覚えてる?」
「何だよ、いきなり」
「そのとき、優駿、すごくイヤそうな顔してたよね」
「ええ? 覚えてないよ、全然……」
舞は黙って視線を横へ投げた。今どき珍しい真っ黒な髪が、その頬にかかる。
かつて一度だけ、誰かに――はっきりとは言わないが、たぶん元恋人に――勧められて、茶髪に染めたことがあったそうだが、「鏡を見てみたら、あまりに似合わなかったので」勧めてきた相手にも見せずにすぐ元へ戻したらしい。優駿は、彼女が髪色や体型や服装を変えることを望んだことはないし、変えることに反対したこともない。関心がないわけではなくて、どんな身なりをしていても、舞が舞であることに変わりはないからだ。
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