煩多

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煩多

 佐和子はタクシーのなかでこのツイートを確認して、慌ててタクシーから降りた。煩多は、危険人物だ。  通称ハンターといってTwitterの上では、有名人物。不正や悪を見つけると、すぐさま人に通報し、それでもダメなら相手の素性を調べあげて拡散する。    先月、ターゲットにされたパインドロップLさん(本名磯谷和子さん。これも煩多調べ)は、5歳児を車でぶつけておきながらそのまま逃走したとして名前が公開された。二週間後、海で発見された。暴行の上、海に落とされたのだ。犯人はまだわかっていない。ネット上では、煩多が怪しいとか事故によって障害をおった5歳児側の親が罰を与えたんだ、という輩もいた。  パニックになった佐和子は、けものみちをかきわけ走ってきた。ピンヒールが土を打ちつけ、足さばきを悪くする。だからヒール部分を折ったのが裏目に出た。アスファルトで固められた車道は、この靴では歩きにくい。    携帯で助けを呼ぼうと思ったけれど、両親は北海道で牛の世話をしているし、恋人は先月ネズミみたいな女と結婚した。双子の妹は一週間前に海外に行ったきりもどってこない。妹の背中には羽がはえているから、いつもふわふわ飛んでいられるのだ。佐和子の背中には、少しでも倒れると突き刺さる無数の針がこちらを向いて浮いているというのに。  坂下智樹は、会社の部下で頭に泡がすくってる男だった。泡だらけの脳みそに、いくら宝石をちりばめても、ぬめぬめして埋没してしまう。あの日、坂下と佐和子はだるまが飾られている飲み屋にいた。大将が作ってくれたおでんを囲みながら、和気あいあいと話し込んでいたのだ。    私と別れた一時間後、彼はこの世を去った。  電車に轢かれて世界から消滅した。何らかの理由で遮断機内で寝そべっていた彼は、そのまま電車にぐちゃぐちゃにされたのだ。肉片が飛び散って大変だったみたいよ、と同僚の恵美にきかされた。 「あれは事故だ、私には関係ない!」  
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