異なる月の在る世界。 下

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   地下街から戻り上に出て一番にしたこと。深呼吸。家に帰って、最初にしたこと。外はいつの間にか雨が降っていて体を拭くためのタオルを取りに行った。  少女は────兎は、玄関で待つよう言い付けて、一人先に中へ入る。  代金は、後日振り込むことになった。七日間猶予が在ると言われた。クーリングオフ期間だそうだ。もっともその頃には、あの店は無い。  店が違法だから、カード払いは受け付けない。有り難いことに、デタラメの住所と名前を書いたこちらも、御蔭で足が付かない訳だ。兎の頭をがしがし拭いてやりながら、安堵の息を外に出す。  拭いてやって、目を兎が開ける。暗い中、黒く揺れた瞳の色は明るくした玄関で判明する。赤かった。紅玉と言うよりは深く、柘榴石のほうがぴったり来そうな色だった。  ピンクの髪とピンクの垂れ耳。紅い瞳と白い肌。  折れそうに華奢な肢体と言い、どこからどう見ても美少女なのに動物的特徴が残っていて、それが一種異様な雰囲気を持たせている。 “何せずーっと王氏の手元にいましたからね。純正培養も、良いところー。でも、これ、調教済みですよぉ” 「……お前、兄さんといっしょにいたのか?」  引き渡されるとき。店主は兄が死んだときに急いで兄のところから回収したとか言っていた。つまり、兄が死ぬ寸前まで兎は兄のそばにいたのだ。そう思うと訊かないではいられなくて、目を見て問う。けれども兎には何を言っているのか理解出来ていないようだった。人語は介さず、今までいたのだろうか。  兄とも? そうは思えないが。  兄はよく動物にも語り掛けていた。返って来ないだろうと思しき愛犬にも。『擬人化動物』なら尚更ではないのか。  だけど兎は首を傾げるだけで、何の反応も無かった。 「ふむ……」  これは……返事は期待しないほうが良いようだ。思うが早いかだいたい兎の水分を取ってやると、室内に手を引いて入れてやる。私は取り敢えず、研究所と別に借りている自宅のマンションへ連れて来た。ベッドに座らせ風呂を沸かしに離れる。  研究所は『科学総会』の支給物件でタダだ。そこは居住設備も整ったものになっているが、私は住んだことが一度も無い。何だか広くて空虚に感じてしまっているせいだ。絶対に住まなくてはならないとか、そんな義務は無いがこう言う場合、勝手な都合なので自腹になる。
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