便利なモノ(1)

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時計の針がずいぶん進み、機械の中でバーチャルを体験する客も入れ替わっていく。けれど、夜に近づくにつれ客足は途絶えていった。入店したお客様への言葉かけではなく外へ出ていくお客様への対応ばかり。長い時間楽しむことを前提としたサービスであるため、受け入れは終了だ。 レジ横にあるモニターを確認すれば、エジェクトルーム内の機械でサービスを受けているお客様はあと二人だけ。そのどちらもまだ30分ほど時間が残っているため、少し、気を抜いてもよさそうだ。 事務所から持ってきた椅子に腰かけ、薄く目を閉じる。 何も考えないままぼんやりと時が過ぎるのを待っていると、どこか遠くから『便利』という言葉が聞こえてきた。現地に行かずとも観光体験を可能とするサービスであるため宣伝文句としてよく使うけれど、その実、お客様が『この店はとても便利だ』なんて言いながら店を出ていくのは解せない。『便利』な世界を提供するコンビニ。けれど、実際にお客様が購入しているのは『不便な体験』ばかりなのだ。 他に人がいるのが嫌だからという理由で著名な山の登山プログラムを選ぶ年配の男性客も、時間が取れないからといってキャンププログラムの体験を申し出るファミリー客も、びっくりするような刺激が欲しいと言ってアフリカでの探検プログラムを楽しむ女性グループ客も、楽しんでいるのは簡単に行けない場所で楽しむ不便の連続。登山では山頂に近づくにつれ危険がない程度の酸素濃度調整をしているし、キャンププログラムは現実との差別化目的で本格派な内容にしている。アフリカでの探検なんて、言わずもがな不便なはずだ。 それでも、彼らは吹っ切れたような満面の笑みで店を後にする。不便な体験が楽しいなんて私には理解できない。 便利な物を使って、不便な世界の体験。便利という言葉は、果たしてその意味を正しく主張できているのだろうか。
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