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六月生まれの花嫁
「スペインでは、変わらぬ愛の証として、造花を贈る習慣があるそうよ」
と、彼女は言った。 とある雑貨店でそんな貼り紙を見たそうだ。
「けど、あじさいの花言葉は『移り気』だから、変わらぬ愛の証としては矛盾してるのよね」
頬杖をついた彼女の目は、窓の外のあじさいに向けられていた。梅雨の激しい雨が容赦なくあじさいたちに降り注ぐ。群青や薄紫の毬が集まり、一つになって互いを支え合うように雨に耐えている。
「色んな色に変われることが、あじさいの魅力だと思うよ」
僕は隣の椅子に置いていた鞄から、小さなブーケを出し、彼女に差し出した。彼女の好きな群青のあじさいの造花を束ねたものだ。
「最近は花びらが集まって咲く姿から『一家団欒』って花言葉もあるそうなんだ。これなら変わらぬ愛の証にならないかな?」
彼女は目を丸くして、僕とブーケを交互に見た。
「それ、意味わかってるの?」
くすっと笑うと、僕の手からブーケを受け取った。
「今からじゃ『六月の花嫁』には間に合わないわね」
苦笑する彼女に、僕は言った。
「大丈夫。ジューンブライドではないかもしれないけど、いつになったって君は『六月生まれの花嫁』だから」
何が大丈夫なんだか、とまた可笑しそうに笑う彼女を見て満足してしまい、鞄の中に肝心な指輪を入れたままにしてしまっていたことは、結婚式当日も、僕達の子供が生まれた日も、その子供が結婚した日にも、笑い話として語られることになった。
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