六月生まれの花嫁

1/1
前へ
/1ページ
次へ

六月生まれの花嫁

「スペインでは、変わらぬ愛の証として、造花を贈る習慣があるそうよ」  と、彼女は言った。 とある雑貨店でそんな貼り紙を見たそうだ。 「けど、あじさいの花言葉は『移り気』だから、変わらぬ愛の証としては矛盾してるのよね」  頬杖をついた彼女の目は、窓の外のあじさいに向けられていた。梅雨の激しい雨が容赦なくあじさいたちに降り注ぐ。群青や薄紫の毬が集まり、一つになって互いを支え合うように雨に耐えている。 「色んな色に変われることが、あじさいの魅力だと思うよ」  僕は隣の椅子に置いていた鞄から、小さなブーケを出し、彼女に差し出した。彼女の好きな群青のあじさいの造花を束ねたものだ。 「最近は花びらが集まって咲く姿から『一家団欒』って花言葉もあるそうなんだ。これなら変わらぬ愛の証にならないかな?」  彼女は目を丸くして、僕とブーケを交互に見た。 「それ、意味わかってるの?」  くすっと笑うと、僕の手からブーケを受け取った。 「今からじゃ『六月の花嫁』には間に合わないわね」  苦笑する彼女に、僕は言った。 「大丈夫。ジューンブライドではないかもしれないけど、いつになったって君は『六月生まれの花嫁』だから」  何が大丈夫なんだか、とまた可笑しそうに笑う彼女を見て満足してしまい、鞄の中に肝心な指輪を入れたままにしてしまっていたことは、結婚式当日も、僕達の子供が生まれた日も、その子供が結婚した日にも、笑い話として語られることになった。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加