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「おや、今日はずいぶんご機嫌じゃないですか」
何か良い事でもあったんですかと尋ねる桔梗に、藤春は鼻歌でも歌いだしそうな顔を向けた。
「聞いておくれ、今日は誰にも絡まれずに最後まで舞台を楽しめたんだ」
「快挙じゃないですか。勝因は何だったんでしょう」
「たぶん連れがいたからかな。前に君と一緒だった時には絡まれてしまったけれど、大岐君が一緒だと不思議に絡まれないようなんだ」
「なるほど、不愛想な男を横に置いとくと軽々しく話しかけられなくなるんですね。愛想のない男なんて話しててもつまらないし、コートかけにでもするしか使い道がないと思っていましたが、これは画期的な使い道を教えてもらいました」
ひどい言いようだが、実際に数多の男にかしずかれている節がある桔梗の言葉だと妙に納得できる。
「大岐君もあまり舞台のことはわからないようだったけれど、衣装を見るのは好きなようだし、こちらの感想に何かしら返してくれるようになったから、芝居に連れていくのは楽しい。これからはなるべく誘って行くようにしよう」
「良かったですね、不埒者を撃退する術を得て」
「ああ。しかし1人で思い立って劇場に行こうとした時にこの手が使えないのはどうも閉口するよ。何とか1人でも絡まれずに心おきなく舞台を見たいものだ」
「であれば、いっそここに呼んでしまうというのはありかもしれませんよ。それこそ朧月会とか」
「朧月会も自分の知識や教養を恃みとする人が多い集まりだから、時おりこの手の困った人が出るんだ。しかしここに呼んで上演してもらうというのはいいね。なぜもっと早くそれを思いつかなかったんだろう」
そうと決まれば館主に相談してみる、と藤春は嵐のように行ってしまった。
「板の上に立つものとしても、ああいう子ばかりが観に来てくれればいいのにと思いますが、ままならないものですね」
桔梗はやれやれと肩をすくめた。
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