歌劇観劇エトセトラ

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「全く我慢ならない!どういう了見だ」  執事に羽織を押し付けて、藤春は足音高く食堂に入った。起きだしてきたばかりの桔梗が眠そうな目を向ける。 「おや藤春、何をそんなに腹を立てているんですか」 「聞いてくれ桔梗、この間オペラを観に行ったら隣の男がひどかったんだ。こちらを若造と侮って、大して詳しくもないにわか知識をひけらかして、あの歌手がどうのこの踊り子がどうのとぺらぺらぺらぺらと。まるで見当はずれなことばかり言うから舞台には集中できなくて散々だったよ」  むすっとした顔で怒りの経緯を話す藤春に、薫り高い紅茶が差し出された。執事に一言礼を言って、淹れたての茶をちびりとすする。藤春は少々猫舌であった。  桔梗は得心がいったとひとつ頷く。 「ああ、それで怒っていたんですか。あなたこの間画廊から帰ってきた時も同じような事言ってませんでしたか」 「そういえばそうだったね。ああ、思い出せばまた腹の立つ。全く、劇場も画廊も自分の蘊蓄を傾けるところではないよ。知識は自分が作品を楽しむために篭めておくものであって、あたり構わずまき散らすものではないのに」  終わってから感想を言い合えば良いものを、芝居のさなかに邪魔をしてまで話しかけてくるとは何事だ、と藤春はまだ中っ腹だ。 「いますねそういう人。僕もお付き合いであちこちお誘いいただきますと、大体ひとりはいますよ。まだこちらがスーツなんか着ているとましなんですが、接待でドレスやら着物やら着ていると特にひどいですね。個人の雑感として」 「ああいう手合いは本当に度し難いね。こちらが自分より下だと見るや、とうとうと自分の力をひけらかすんだ。しかも歌劇なんか見ていると邪魔をしないようにとこちらからは話せないから、なおさら困るんだよ。どうしたら撃退できるものか」 「無視を貫いても、しつこい人はずっと話し続けますからね。こてんぱんに口でやっつけてしまえばいいのかもしれませんが」 「いっそ舞台がはねるまで待って、そこから一気に反撃するというのはありかもしれないね」 「ああ、良いですね。相手の話のおかしなところをひたすら突いてやれば、金輪際話しかけようなんて妙な気を起こさないかもしれません」 「腕力に訴えてくるかもしれないのが難点だね」 「あなたなら投げ飛ばすんじゃないですか」  技芸十八般と柊はからかうが、藤春は護身のため武芸にも通じていた。
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