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「確りと紐をお握り下さりませ。痛みに合わせていきみまするぞ」、両脇から多寿姫の身体を、のえとお淳が支える。
産婆が、いきみの声を掛ける。
多寿姫は、もう目の前が霞んで、痛みが襲うたびに(助けて!)、と心の中で叫んだ。
将軍家姫君の矜持も何もあったモノでは無いが、必死だった。
さすがに女剣士を目指して鍛えた身体は、見事、御産に耐え抜いた。
ついに御子が産声を上げて、誕生したのである。
力を使い果たして頽れる多寿姫を支えて、横たわらせるのえとお淳。
のち産も無事に終えて、一同は多寿姫の御産が無事に終わったことを心から喜んだ。
御産で命を落とすやんごとない姫君は、実に多いのだ。
理由は往々にして、姫君たちの筋肉不足。
運動などほとんどしない高貴な姫が抱える難問だが、多寿姫は違う。
「姫様のじゃじゃ馬振りには、まことに手を焼いておりましたが、今度だけは救われましたなぁ」
枕もとで、小督の局と如月が頷き合った。
産湯を使い白いおくるみにくるまれた我が子を、始めて胸に抱いた。
「御子は、姫様に御座りまする」
小督の局が、優しい声で告げている。
「吾を産んだ時も、母様はこのような思いで居られたのかのぉ」
そっと赤子の頬に触れて、微笑んだ。
赤子を受け取って、小督の局がお休み下され、と言う。
「御産の後は、お身体が疲れておりまするゆえ、しばらくお休み遊ばしませ」
布団を掛けると御子を乳母に任せて、治政公が待つ書院に足を運んだ。
小雲斎と共に、まんじりともしない夜をあかした治政の目の下には薄い隈が出来ていて、小督の局は何ともほほえましい事だと微笑んだ。
高貴な身分の婚姻は、家と家の結び付きの為にある。
恋も愛も、無いのが普通だ。
「仲睦まじい夫婦におなりとは、まことに運の良い姫様じゃ」
姫を守って大奥から付いてきた小督の局には、多寿姫の幸せがただ嬉しかった。
「姫君様のご誕生に御座りまする」
小督の局は治政公の前に両手をつかえて、誇らしそうに告げた。
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