姫様の捕物控え 其の五 (仙太郎の初手柄)

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 真っ青になって駆け付けて来た治政公は、邪魔だからと書院に追い払われて、苛立っている。  御産所に設えられた奥座敷は、布団から天井より垂らした紐まで白一色。  江戸時代の御産は、天井から下げた紐に縋って身を起こして行う。両脇から介助の手を借りて身を起こし、まさに産み落とすのである。  その御産所の座敷に多寿姫を導くと、その身体を清めた。  白い着物に着替えさせて、積んだ布団にもたれさせるお付の者たちにも、緊張が奔る。  お淳にも白い着物が用意され、御産所に付き添った。  陣痛は、一刻おきから半刻おきに縮まっていく。やがて十分おきに為る頃には、夜が白み始めて朝を迎えて居た。  「今日の【満潮】の時刻を、どうかお調べ下さりませ。御産はそれに大きく左右されまする」  呼ばれて付き添う産婆が、諏訪どのに頼んだ。  「心得まして御座りまする」  急ぎ、書院の諏訪新之亟を呼んで、調べよと命じた。  治政公は一睡もできず、今だに蒼くなって震えているらしい。  「小雲斎殿、誠に申し訳ないが殿のお側にいて下さいませぬか。持て余しまする」  江戸家老が、気が立っている治政を持て余して、呼びに来た。  「まことにのぉ。ご側室方に三人も御子をつくっておきながら、呆れた物じゃのぉ」  渡り廊下を渡って、書院に向かった。  多寿姫の身を案じて、震えるほどの不安に陥っている治政は、ついに決心した。  「多寿に子を産ませるのは、これを最後にしよう。心配で如何にかなりそうじゃ」  御産所の中では、呻いたり身をよじったりと、陣痛に耐えていた多寿姫だが、ついに悲鳴を上げた。  控えの間に居た桃丸は、生きた心地がしない。  そんな中で、落ち着いて側にいた女医者のお淳が、サッと白い晒しを咥えさせる。  「こうしませぬと、歯を痛めまする」  しっかりと噛む様に多寿姫を励ました。  ついに陣痛が頻繁になり、破水した。
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