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真っ青になって駆け付けて来た治政公は、邪魔だからと書院に追い払われて、苛立っている。
御産所に設えられた奥座敷は、布団から天井より垂らした紐まで白一色。
江戸時代の御産は、天井から下げた紐に縋って身を起こして行う。両脇から介助の手を借りて身を起こし、まさに産み落とすのである。
その御産所の座敷に多寿姫を導くと、その身体を清めた。
白い着物に着替えさせて、積んだ布団にもたれさせるお付の者たちにも、緊張が奔る。
お淳にも白い着物が用意され、御産所に付き添った。
陣痛は、一刻おきから半刻おきに縮まっていく。やがて十分おきに為る頃には、夜が白み始めて朝を迎えて居た。
「今日の【満潮】の時刻を、どうかお調べ下さりませ。御産はそれに大きく左右されまする」
呼ばれて付き添う産婆が、諏訪どのに頼んだ。
「心得まして御座りまする」
急ぎ、書院の諏訪新之亟を呼んで、調べよと命じた。
治政公は一睡もできず、今だに蒼くなって震えているらしい。
「小雲斎殿、誠に申し訳ないが殿のお側にいて下さいませぬか。持て余しまする」
江戸家老が、気が立っている治政を持て余して、呼びに来た。
「まことにのぉ。ご側室方に三人も御子をつくっておきながら、呆れた物じゃのぉ」
渡り廊下を渡って、書院に向かった。
多寿姫の身を案じて、震えるほどの不安に陥っている治政は、ついに決心した。
「多寿に子を産ませるのは、これを最後にしよう。心配で如何にかなりそうじゃ」
御産所の中では、呻いたり身をよじったりと、陣痛に耐えていた多寿姫だが、ついに悲鳴を上げた。
控えの間に居た桃丸は、生きた心地がしない。
そんな中で、落ち着いて側にいた女医者のお淳が、サッと白い晒しを咥えさせる。
「こうしませぬと、歯を痛めまする」
しっかりと噛む様に多寿姫を励ました。
ついに陣痛が頻繁になり、破水した。
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