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5・
お淳が多寿姫の出産に立ち会って、その介助に徹夜している頃。
嶋屋惣五郎は、まったく嬉しくない女難にあっていた。
<先日のお礼に、一献差し上げたい>と、陸奥屋の手代が主の嘉左ヱ門から預かった文を持って、迎えに来たのである。
両国の小料理屋に案内され、陸奥屋と女房のお芳に迎えられた惣五郎だが。しばらくして陸奥屋は、同業者から急な呼び出しがかかった事を詫びて中座した。
座敷に残されたお芳が、それと無く誘ってくる。
二間続きの奥の座敷に敷かれた、色っぽい夜具が意味深な空気を醸し出す。
八百膳ほどでは無いが、それなりに料理の味が良いと評判のその小料理屋は、恥かしながら嶋屋にも馴染みの店だ。
お淳を再びその腕の中に取り戻す前の、あの嶋屋惣五郎が女遊びに浮名を流していたころに頻繁に利用した訳アリの店だ。そこは料理を出すだけでなく、危ない出逢い茶屋も兼ねている。
色っぽい布団の上で、呼び出した女としっぽりと濡れて逢瀬を楽しんだ経験が、たんまりとある嶋屋惣五郎だ。
陸奥屋の女房の評判も、其れなりに知っている。
以前の惣五郎なれば、お芳を頭からバリバリと美味しく戴いた後で、汚い罠を張った陸奥屋に、二度と手出しする気が無くなる様な手酷い報復をした事だろう。
だが、今の惣五郎はそんな下らない争いに巻き込まれること自体が、堪らなく嫌だ。
お淳に触れた時の心の高まりは、何物にもかえ難い。
それにである。かつては自分も参加していた薄汚い色遊びを見せつけられたようで、そのおぞましさにゲンナリしていた。
もっとも彼は、お淳が彼の腕の中に戻って来てくれた幸運に、大いに感謝すべきであったろう。もしもその夜・・ウッカリお芳と一緒の布団にくるまって居たら、魑魅魍魎も逃げ出す様なバケモノ侍に襲われ、血祭りに挙げられたのは惣五郎だったのだから。
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