序章 逢魔(おうま)が時

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「先生。動けないよね? ゴメンね、先生。薬なんて、使って。ほら、ぼく……か弱い子供だからさ。今はまだ、先生に本気で抵抗されたら……面倒で。ああ、かわいいなぁ……自分がどういう目に合うかわかって、涙が出てる……先生、小さい子供みたいだ」  大人なのにね?  そう言いながら、白魚のような白くて細い指先が俺の目元をぬぐい、濡れた指先をペロリと赤い舌先で舐めあげる。綺麗な少年だとは、思っていた。少女の衣服を身にまとえば、十中八九、性別を偽ることができるくらいに、整った顔立ちをしている。  身体つきもまだ、同じ年頃の女子とさほどの差異はないように思える。  俺の知る天花寺という生徒はもっと大人し気で、内向的に見える少年だった。  こんな、獣を定めた蛇のような眼差しをする少年ではなかったはずだ。 「や……めろ……やめ、なさい……」  教師として、大人として懸命に威厳を保とうとするも、一笑されて終わる。  この時俺は、どんな表情をしていただろう。絶望に、情けなく歪んでいたのだろうか。  指摘されたように、涙を浮かべていたかもしれないが……認めたくはない。  嘘だ。信じられない。きっと、これから先、何度でも思うだろう。今日のことを、思い出す度に。この件が未遂に終わっても、終わらなくても。  だって、俺はαの番になるべく生まれた性別(クラス)ではない。  αはα同士で番になるか、男女共に子を成すことができるΩとしか、番にならない。なるわけが、ない。     
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