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「出るんだって。ほら、特に今、お盆だし。」
同僚の言葉が甦る。
お盆には先祖の霊が帰ってくるという。
私は仏間の前を足早に通り過ぎた。
あと一部屋だけ見回ったら、ステーションに戻って、少し休もう。
そう思った時、カタンカタンと廊下の奥から音が聞こえた。
誰かが車椅子を自走している。
「もう…コール鳴らしてよ。」
廊下で転ばれては大変だ。夜勤明けに事故報告書なんて書きたくない。
自力でベットから車椅子に移乗出来る人って、確か、12号室の人だったな。
「あれ?」
寝てる。
そうだよね。さっきこの部屋を訪ねたばかりだもん。起きてたら気がつくはず…
カタンカタン、カタカタ…カタカタカタカタ…
廊下に飛び出すと、さらに音が近づいてきた。
「えっ…。」
私の目の前を、猛スピードで車椅子が通り過ぎていった。
車椅子には、見知らぬお婆さんが乗っていた。
お婆さんは正座していたのか、脚がないのか、やたら長い腕で、車椅子のハンドリムを回転させていた。
「あうう…。」
私は腰が抜けてしまって、その場に座り込んだ。
コールが鳴っている。
どこかの部屋で。
私は夢を見ているのだろうか?
そうだ。これは夢だ。
現実なわけがない。
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