奇妙さ、それは奇妙だ

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 おそるおそる、前へと一歩。そうしてもう一歩。すると、予想以上に僕は自分の足で確実に、一歩ずつ、悪事を犯していく。過ちを繰り返す。そうしてとうとう渡り切った。  なんということでしょう。その時の僕は、信号無視をした罪悪感よりも、初めて禁を破ったという背徳感から来る快感の方が、ずっと、ずっとずっと大きかったのだ! この気持ちよさ、他では経験出来るものではない。  渡り切った信号の横で恍惚の表情を浮かべる僕に、声が飛んできた。 「こちらへどうぞ」  それは看板だった。矢印のついた看板が、僕に声を掛けて来たのだ。 「こちらへどうぞ」 「こちらってどこ」 「見りゃ分かるだろ」  看板は陽気な声で、おそらく人間ならば胸を張るという仕草に該当するであろう動きで、看板の真ん中の左矢印を強調させる。 「分かった。行ってみる」 「おうおういけいけ。そうしてドーンと、ピッぱってこい!」  看板は陽気なまま、意味不明なことをやはり陽気な口調で言って、おそらく人間なら手を振っている動きだろう、左右に揺れた。  僕は歩を進める。そして一歩踏み出す度に景色が変わるこの世界に、ただただ見蕩れていた。  右足を踏み出す。世界が暗転する。  左足を踏み出す。あまりの明るさに目を瞑る。     
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