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第一章 水の里のアトリ
晩夏の夜空が朱に染まった。滲むように。汚すように。
上弦の月が沈みかける時刻。アトリは胸騒ぎで目を覚まし、自分の寝所でまんじりとしていた。下腹がもやもやと痛み、鼓動が早い。いつもであれば、寝汚く惰眠をむさぼっている刻限の体の変化に、アトリは戸惑っていた。この胸騒ぎには覚えがあった。
それは、彼女が滝へ身を清めに行った時の事。従者を退けて、一人、清水に見を浸す。水の巫女としての、厳しい修行の日々、それはやすらぎの一時だった。
窮屈な衣を脱ぎ、全裸で滝壺に身を沈める。冷たさが火照った体を心地よく冷やしてくれた。 アトリの、若く、はつらつとした体は、水滴を弾き、水の粒がなめらかな肢体を伝い落ちていく。
立ち上がり、滝にうたれると、少ない水流のやわらかな刺激が、日毎にやわらかな曲線を描き出す自分の体に、降り注いでくる。
誰にも触れさせた事のない、清らかな体の奥に眠る、埋もれる火のような感情をさますように、アトリは滝の水を浴び続けた。
そんなアトリの姿を、声を殺すようにして、のぞき見する者が居た。
否、彼の目的は、彼女をのぞき見る事では無かったはずだったが、突然姿を表した若い女の裸体にとまどい、動きを止めてしまったのだ。
その男は、アトリの美しい裸体に息を呑んだ。艷やかな黒髪。白く、すらりとした体。 まだ若い、牝鹿のようなしなやかなその体には、艶めいたものを拒む固さのようなものがあり、男を寄せ付けない、清廉なものだったが、水に潜っては、再び浮かび上がる、濡れた体の、曲線の豊かさからは、匂い立つような女の色香を感じさせた。
彼は、アトリの体を見、一目で自分のものにしたいと願った。。
男は、ある女を探していた。目的の女が、今目の前にいる女であればよいと願った。
男は、思い切って、女の前に姿を現そうと、自らは着衣のまま滝壺へ分け入っていく。
大きな水音に驚いて、アトリが様子を伺っていると、人が、泳いで近づいて来るのがわかった。
一族の惣領姫であるアトリの水浴びを、里の者が邪魔をするはずが無い。アトリは身構えた。
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