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私は軽く溜息をついて立ち上がる。
早く行かなくては、彼はきっと待っているだろう。
私が逃げてしまわないか、と心配しながら。
神聖なる大木の下に彼が佇んでいるのが見えた。
そのとき、彼も私が自分のほうに向かって歩いてきているのに気がついたらしく、いてもたってもいられない様子で、彼がこちらに駆け寄ってきた。
軽く息を整えて、彼は私に満面の笑みを向ける。
「とても綺麗だよ」
彼が本心からそう言っていることは知っていた。
けれども、その言葉を素直に受け止められないのは私の心がねじ曲がっているからなのだろう。
「ありがとう。……でも、私に白は似合わないわ」
スカートの裾を両手で軽く持ち上げて、私は笑った。
悲しい笑顔だと、思った。
白がよく似合う彼は、タキシードもとても良くにあっていて、そんな彼の隣に立つのが本当に私で良いのか。
散々悩んで決めたことの筈なのに、今更になって躊躇いが生じる。
彼はそんな私の心でも読んだのか、困った顔一つせず、優しい笑みを落とすと、
「いや、君が気付いていないだけだよ。君は白がとってもよく似合う女の子だ」
その真っ直ぐな瞳の前に、私はただの一人の少女だった。
それは、今までにない感覚だった。
そうして、私は今までずっと誰かの女の子になりたかったのだと、気がついた。
誰かだけの、ただの女の子に。
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