さらに話は続く

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転職して三ヶ月経つが、時々こんな空気をかんじることがある。もっと鈍感になればいいのだけれども、子供の頃から、場の空気を読む癖があった。着信があったことに気がついた。覚えのない番号だったが、ピンときていた。あの自殺願望者からではないか、と。胸が高鳴っていた。今すぐ掛け直したいが、無理なことはわかっていた。久しぶりに希望が見えていた。自殺願望のある人には、おかしな表現ではあるが、生と死は背中合わせのような気がしてならない。ふとしたことに心が踊ることもあれば、ふとした瞬間に死にたい、と思うことがあるからだ。それがいつの間にか自殺願望に変わり、そんな時にあの落書きを見たのだ。なんとメッセージを残すと、返事があった。勿論、自分の電話番号も書いた。連絡が来ることを願いながら……。考えを巡らせていた。考え過ぎは良くないことはわかってはいるのだが、つい考えてしまう癖がある。とにかく、さっきの電話番号に連絡してみよう、と我に返った。 おはようございます。俺は暗い気持のまま、会社のドアを開けた。上司の長沢と目が合ったが、彼はすぐに目を逸らした。思わず、舌打ちした。これ以上、気持が落ち込んだらヤバイ、という自己防衛だろう。俺はそそくさと席に着いた。同時に、大きな溜め息を吐いた。おはよう。長沢が、俺の肩に手を置いた。ずっしりとした重みを感じていた。おはようございます……。俺は長沢を見上げながら言った。いい知らせだ。契約がとれたぞ。 マジですか?一瞬だったが、表情が変わった。嬉しいことは言うまでもないからだ。しかし、これも束の間のこと。そう思い直すと、またもや表情が厳しくなった。どうした?その顔。 …………。俺は戸惑っていた。言葉が見つからなかった。自問自答の日々。所詮、いいことは続かない、という持論があった。よく頑張った。今日飲みに行くか。 ……有難うございます。上司が誉めたのは、これが初めてのことだった。実は先日から、ポケットにボイスレコーダーを忍ばせていた。歯に衣着せぬ上司の言葉を、しっかり残すためだった。これは立派なパワハラ。何かあれば、訴えることも出来ると考えていたのである。 上司との約束通り、俺は飲みに出掛けた。朝から気に掛けていた電話もあったが、結局その日は連絡しなかった。向き合ったテーブルには、予約のプレートとお通しが置いてあった。会社近くの狭い居酒屋。畳に胡座を掻いた。
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