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T坂さんは語る。
「家庭ゴミ用に、黒いビニール袋が使えた頃だね。
今じゃ論外だ。
でもその頃は専用袋どころか、その辺のビニール袋を使って。
ろくに分別せずに出しても。回収OKだったのさ・・・」
彼は両親の死後、住宅街の持家に独身で一人暮らしだった。
古い住宅街だったが、住民同士のつきあいは、ほとんどないと言ってよかったらしい。
そして。
「左隣の家に中年の女が越してきてね。挨拶にも来ないのさ。
ああ、いや。気にしなかったけどね。
あのあたりは、他の連中だって五十歩百歩だから。
向かいの家に救急車が来たって、誰も外に出て様子をうかがったりしない。そんなものさ。
女の印象か・・・。
陰気な感じでね。子供を連れていた。
子供? 痩せ細って・・・幼稚園児くらいかな。
幼稚園には行かせてなかったようでね。
まあ、実際のところはわからない。そうだろう?」
その隣家は異常なほど静かだった。
子供がいるなら、もっと活気がありそうなものだが。
「不審? 考えなかったね。
自分も色々と問題を抱えていたから。
みんな、大なり小なり、そうなんじゃあないか? そうだろう?」
そんなある日。
T坂さんは早朝に生ゴミを、いつものように集積場所に持っていった。
「集積場所といっても電柱のまわりに積み重ねて、カラス避けのネットを被せておくだけ。
今みたいに金属製のボックスとか施錠とか――ゴミ当番制? そんなものは皆無だ。
乱雑だし臭いもひどかった。
みんな、マナーが悪いんだ。ああ、それはもう・・・」
すると隣の女とすれ違ったのだという。
相変わらず挨拶もしない。
T坂さんの方も、好印象など抱いたことのない相手であったから同様ではあった。
が、無愛想以上に注意を引いたのは。
「何ていうのかな。
焦点があってない目つきだし。何か、ぶつぶつ呟いてるんだ。
ぶつぶつぶつぶつ、とね。
気味がよくないのを通りこして・・・怖かったな。
ああ、怖かったよ。うん」
早朝なので、まだゴミ袋は殆ど出されていない。
小さな黒いビニール袋が5ケ。まとめて置かれているだけで。
「流用したんだろうな。スーパーの袋くらいのビニール袋だったよ。
タイミング的に、あの女が出したんだろうと思ったけれどね。
ただ・・・」
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