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仕事帰りに寄り道をして、梓真の兄と会っていたことを指摘されたばかりだ。嘘は絶対に破られるだろう。
それならば、起きていたことを正直に告げてしまうほうがいい。覚悟を決めると、身を起こして梓真を追い掛けた。
だが、廊下から顔を出たところでなぜか話し声が聞こえてくる。まだ朝になってはいないので、こんな真夜中に誰だろうと汐音は首を傾げる。
「へぇ、よく気づいたね。もしかして、キスしたからお前にもバレたのか」
「……っ」
なにやら込み入った話のようだが、梓真の告げた一言に動揺した。どうやらキスの話を電話の相手としているようで、汐音は内容が気になってしまう。
盗み聞きなんてよくないが、随分と仲良さそうな口調なのも引っ掛かった。
梓真が、兄弟や汐音以外の相手と気軽に喋っているところなんて見たことない。汐音が知らないだけかもしれないが、仕事関係の人だろうかと眉を顰める。
「譲る気はないね。あいつは、俺のものだから」
「えっ?」
「あぁそう。あんたの知らないうちに、こっちも事情が変わってね」
扉の影からは後姿しか見えない。だけど、梓真がなにかに対して静かに怒っている様子が感じられた。
「人を愛する喜びを知った」
「ッ!?」
「大切な人を失う悲しみも、体験したけどね。さすがに二度もあんなのを見たら、俺も狂ってしまいそうだ」
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