魔王編1

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とても眼前の現実が信じられなかった。焦るあまりにまともな声は出なかったが、その反面脳内では冷静に現状を分析していく。 梓真の部屋はマンションの最上階で、地上まで数十メートルはある。しかし室内は物取りに荒らされたみたいにベランダの窓ガラスが割れ、観葉植物が倒れていた。 そして、実物だとしたらどのぐらいの重さなのかわからないほど長く大振りな漆黒の剣がある。これまで一度も梓真の部屋では見たことのない代物で、骨董品を集める趣味なんてなかったはずだ。 なにより、無残に飛び散っている血の跡が剣の威力を示している。まだ血溜まりは乾いていないので、部屋でなにかが起きてからあまり時間は経っていないだろう。 「生きてる、よな」 一通り見渡した後にようやく震える唇からこぼれたのは、考えていたこととは正反対の一言だった。 声を掛けるまでもなく即死。素人から見ても明らかなのに、汐音は受け入れたくなかったのだ。 体が、脳が、梓真はまだ生きていると訴えてくる。 さわって生死を確かめればいいのに、そんな勇気はなかった。代わりに自身の両腕を痛いほどぎゅうっと掴む。 「俺が……遅れなかったら」 あまりにも不可解な現実を前に汐音ができるのは、悔やむことだけだった。数分前に遅れることを連絡したら返事はあったので、その時までは生きていたと思う。     
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