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今の汐音には、明日のことさえ考えることができない。無様に立ち尽くし嗚咽を漏らすことしかできない、無力な人間だ。
「いや、だ」
それは心からの叫びだった。
声は掠れ誰にも聞き取れないほど小さかったが、汐音がこれほどまでにはっきりとなにかに抵抗を示したのははじめてだ。
聞き分けのいい素直ないい子。必死に努力さえすれば、いつかは報われる。
幼い頃から頑なに信じていたことを、突然あっさりと打ち砕かれたのだ。こんな理不尽なことがあっていいのか、と生きている世界に対して激しい嫌悪を覚えた。
「戻りたい」
視界の端で闇のように黒い剣を睨みながら願望を告げた。
「戻れたら、俺が梓真のことを絶対助けるのに」
どうしてそんなことを口にしたのか。汐音自身にも理解できなかったが、精一杯言葉に感情を込めながら願った。
「梓真のこと守るから、だから!」
魂からの訴えが部屋中に響き渡ると同時に、ぼたりと大粒の雫が滴った。
しかし雫はなぜか空中でぴたりと止まり、足元からミシッと軋むような音がする。
「え、っ」
一瞬だった。瞳を開いていることができないぐらい眩い光が床からいくつも迸り、汐音と梓真の体を包む。
慌ててソファに駆け寄り梓真の肩を掴んだ。やけに優美に見える寝顔が視線に飛び込んできた直後、カッと勢いよく目を開いた。
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