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声が頭の中で反響しているみたいで、不思議な気分だった。汐音にとって親しくない相手を名前で呼ぶのは嫌だったのに、了承するしかないらしい。
「っ、は、はい。汰央……さん」
「しょうがない奴だな」
脅しをかけられたことで心臓が爆発しそうなほど煩く鳴っていたが、喉奥から声を絞りだす。汐音の言ったことに納得していなさそうに睨まれたが、躱すように視線をそらしてやり過ごした。
魔王と関係があるのか、梓真を殺害した犯人なのか。それだけを知りたかったのに、どうやら後に引けないところまできてしまったらしい。
ほんとうにこのまま親しくなったらどうしたらいいのか。あり得ないことなのに、いつしか汐音はおかしなことを考えはじめていた。
汰央は腕をまだ離そうとはしない。逃走するのは許さないということなのだろう、と言い聞かせて扉が開くまで身動き一つ取らなかった。
そのまま強引にホテル内のレストランまで連れて行かれてしまったが、入り口で解放される。どっと疲れに襲われたが、汰央は店員にさっそく声を掛けていたので後に続く。
平日だからなのか、まだ日が落ちていない時間だからなのか、店内に人は少なく窓際の席へ案内される。汐音はおもわず感嘆の溜息をこぼした。
「すごい」
「なかなかいい眺めだろう」
「はい。びっくりしました」
「俺は高いところが好きでな」
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