第1章 祖国のために

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 凍ってしまったかのように動けないセレーネは、自分の腰に回ってきたテオドールの腕にハッとする。  引き寄せてきた彼に肩が跳ね、密着する筋肉質な身体の、男性らしい(たくま)しさに、慌ててしまった。 「あなたにとっても、悪い話ではないと思うが……? 我らが結ばれれば、我が国が貴国を守る正当な理由ができる。そして、我が国は動きやすくなるというわけだ」  国のために身を捧げることくらいできるだろうと、テオドールの切れ長な瞳が語っている。  ごくりと、セレーネの喉が上下した。ドクドクドクと心臓の鼓動が速くなり、視線が泳いでしまう。 「……っ」  不意に揺れた彼の長い前髪から、右目にある切り傷が覗いた。  それは、領土を広げるためにテオドールが他国と争ったという、証拠である。  虫すら殺せなかった、あの心優しい彼はもういないんだという事実を突き付けられたようなもので、唇が震えてしまった。  だが、いつまでもそうしているわけにはいかない。  大きく息を吸い、大きく息を吐く。そして少しばかり気を落ち着かせてから、セレーネは口を開いた。 「私があなたの妻になれば、本当に我が国を救っていただけるのですか……?」 「当然だ」  即答するテオドールに当惑するが、覚悟を決めた瞳で彼を仰ぎ見る。 「かしこまりました。……この身一つで祖国を救えるのであれば、喜んであなたのもとへと参りますわ」 「……はっ。賢明な判断だ、我が美しき月の女神よ」  くっと口角を上げ、言い終わるや否やセレーネの前に立ったテオドールが、金の糸で刺繍された白いマントをひらめかせた。  片腕を振り上げ、意向をずっと待っていたであろう臣下に、テオドールは威厳のある声を張り上げる。 「これよりクラウディウス帝国は、アステル王国の救援に向かう……!」  何故あのような小国を救いに行くのか、などとは誰も質問しない。  敬愛するテオドールの意向とあらばそれに従うのみとみな信じ行動するのか、宮殿の中が一気に慌ただしくなり、セレーネはおろおろと周りを見回す。  妙に用意が良い。まるで、最初からこうなると想定していたかのようだ。  相手の兵の数も、アステル王国がどこまで攻め入られているのかも全て把握済みらしく、テオドールは迷いなくてきぱきと指示を出していく。
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