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淑女として、いや、皇帝の妻としてあるまじき事態であり、セレーネは必死に自分の胸を手で隠そうとした。
「皇帝陛下が手に入れたのは……あなただ」
「……っ、テオドールさまが私を手に入れたいとそう望んだのであれば、我が父にそう言えばよかったはずですわ。ですから、きっと、違います」
この状況下で気丈に振舞うのは、そうしないと今すぐにでも叫んで取り乱し、皇后らしからぬ情けない姿を晒してしまいそうになるからである。
でも声は震えていて、それがディオンを悦ばせてしまったようだ。
せせら笑うように髪の毛を掬われ、うっとりとした顔で口づけられるさまには悪寒しか走らないが、セレーネは皇后としての、皇族としてのプライドにしがみつき凛とした姿で居続ける。
相手の瞳に宿った、テオドールからも受けたことのあるあの熱情は、見て見ぬふりをするしかない。
認めるとそのあとに待ち受ける行為を想像してしまって、怖くてどうしようもなかったのだ。
「気高くて、本当に素晴らしい人ですね。……皇帝陛下が何故そうしなかったのか、したのに断られたのか、私にはわかりませんが……皇帝陛下は、欲しいものは必ず手に入れる人ですよ」
“あなたを手に入れられるのであれば、私は貴国に力を貸そう”というテオドールの言葉がどこからともなく聞こえてきた気がして、セレーネは違う違うとその声を振り払うように、首を振った。
「セレーネさま……あなたが皇帝陛下に嫁がれた、というのがなによりの証拠でしょう?」
「ち、違いますわ。そんなの、ただの……」
「認めるのが怖いですか……?」
「そういうわけではありませんわ。ただ、私はテオドールさまを信じているだけです」
「そう、信じて……。本当に哀れな方ですね。目を、覚まさせてあげなければなりませんね。……そうしないと、あなたを救えない」
ぎらりとディオンの瞳が獰猛な光を孕んだ。
動きを封じられるような恐ろしさに、セレーネは息をすることすらままならなかった。
自分のすぐ横にあるナイトテーブルに手を伸ばす彼を見ることしかできず、当たり前のように取り出した紐で手首を縛られ、セレーネは怯えの色を濃くした。
「大丈夫ですよ、あなたが私を欲しがらない限り最後まではしませんから。……時間はたっぷりありますし、どうぞ、お好きな時にお望みください」
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