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まさか、と、そう思った。彼は素早く身なりを整え、壁に飾ってあった剣を手に取る。
「――……ネ、……レーネ!」
この声はきっとそうだ、間違いない。
ほっとするのも束の間で、狂気染みてはいたが優しい空気をまとっていたディオンが豹変し、肌を刺すとても冷たいものを放った。
「セレーネ!」
「テオドール、さま……っ」
気を抜くと喘ぎ声になりそうで、セレーネは押し殺したような声で返答する。
重厚な扉を蹴破り入ってきたテオドールの顔が、怒りに狂い歪められたのを見たのは、その直ぐあとだった。
「貴様……!」
テオドールのこんな顔は見たことがない。
眉が跳ね上がり眉間には深い皺が刻まれていて、声にはとても凄みがある。
なのに、自分の前に立っているディオンは全く臆していない様子で、しまいには笑いだした。
「あなたから救って差し上げたのです」
「なに……?」
「だって、セレーネさまはいつも苦しそうな顔をなされていました。そんなの、見ていられないとは思いませんか……?」
ぐっと、テオドールが言葉を詰まらせたのがわかる。図星だったのだろう。
だが、セレーネを一瞥すると瞬く間に怒りが頂点を越えたらしく、剣を振りかざし、ディオンへと刃を立てた。
「く……っ」
鉄と鉄がぶつかり合う、鈍い音が部屋に響く。重たい一撃だったのだろう。
一瞬体勢を崩したディオンへと蹴りを入れたテオドールは、彼が体勢を整える前にまた鋭い一振りを浴びせようとする。
だが、姿勢を低くされかわされてしまった。
「流石、皇帝陛下です……でも、負けるわけにはいきません」
「戯けが……!」
激しく繰り返される攻防戦を見ているしかなく、セレーネは必死になって上半身を起こそうと悶えた。
布が擦れると、甘い痺れが走る。とろりと自分の身体から流れる蜜に羞恥が込み上げてくるが、黙って見てはいられない。
「質問が、あるのですが……っ」
命のやり取りをしているような状況なのに、ディオンがテオドールに話しかけた。それをセレーネは息を呑んで見る。
「何故、ここがこんなにも早く分かったんですか? そもそも、ここは我が一族でも一握りの人間しか知らない、と、いうのに……ッ!」
「私を舐めてもらっては困る。調べ方なら、いくらでもあるだろう、……に!」
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