第1章 祖国のために

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 そうして軍を引き連れ、あっという間に城を出ていったかと思えば、あっという間に帰ってきた。 「こ、皇帝陛下……」  涼しい顔でいともたやすくヌクルティス国の兵を掌握してきたテオドールに、セレーネは驚倒する。  これが、大陸一と言われる軍事力を誇る国のなせるわざなのかと。  それを扱えるだけの手腕がある、テオドールのなせることなのかと、セレーネは肩を震わせた。 「我が国まではどんなに早くても二日。それに加え戦況は不利であったはずなのに、七日でお戻りになられるなんて……」  広く、長い回廊。  アーチ型の大きな数十個の窓から入り込む茜色の陽が、テオドールの細くなめらかな髪と、まだ光の灯されていないシャンデリアを、キラキラと照らしている。  その美しい光が複雑な装飾がなされた天井と柱を、まるでこの世の造形物ではないかような光景にして、目が逸らせないほど彼を優美に映しだしていた。 「当然のことだ。……そんなに驚くほどのものではない」  淡々と告げたテオドールが、華奢なセレーネを抱き締める。  まるで褒美をくれとでも言っているかのような動きに大きく心臓が跳ね、その戸惑いからセレーネは強く彼の胸板を押した。 「……っ! あ、の、お離しください皇帝陛下」  こんなの、心臓がもたない。  かああっと赤く染まる顔に、テオドールは気づいたのだろうか。  もっときつく腕に閉じこめてきたテオドールが、ふっと自嘲気味に口の端を持ち上げた。 「夫となる男に、お帰りの一言もなしか」 「あ……っ。も、申し訳ございません」 「……冗談だ」  慌てるセレーネを離したテオドールが、彼女の腫れている目元に気がつく。 「泣いて、いたのか……?」  相変わらず冷たい口調ではあるが、心配してくれていることが分かり、セレーネはふるふると首を振る。  ――祖国のことが、心配で……  逃げないようにとつけられた見張りの衛兵に見えないよう、毎日泣き続けていたセレーネ。  だが、そんな王女らしからぬ行動を、セレーネはテオドールに知られたくなかった。  だから話を逸らすようにドレスのスカートをつまみ、優雅にお辞儀をしてみせる。 「お帰りなさいませ、皇帝陛下。そして、本当にありがとうございました」
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